Lauren Rankin著「Bodies on the Line: At the Front Lines of the Fight to Protect Abortion in America」

Bodies on the Line

Lauren Rankin著「Bodies on the Line: At the Front Lines of the Fight to Protect Abortion in America

アメリカ全土において妊娠中絶を合法化する最高裁判決が出てから来年で50周年。本書はその50年のあいだ常に宗教右派による抗議活動や暴力に晒されてきたクリニックと患者たちを守ってきたアクティビストたちについての本。著者はそうした活動に参加した経験のあるアクティビストでライター。クリニックの前で妊娠中絶を訴える抗議活動は70年代にはじまり、80年代になると過激化。クリニックに入ろうとする女性に対して「赤ちゃん殺し」「地獄に堕ちるぞ」と叫ぶだけでなく、物理的に車を取り囲んで窓を叩き出られなくしたり、クリニックの入り口を人間の鎖で取り囲んで入れなくするような妨害行為が活発になる。それに対抗して反中絶活動家たちが来る前に朝早くからクリニックの周囲に集まって、患者が通れるようなルートを守ったり、患者が安全にクリニックに入れるようにエスコートをする活動も全国に広まる。

1991年にはカンザス州ウィチタにあった4箇所のクリニックが標的とされ、全国から数千人もの反中絶活動家たちが集結。警察と協議したうえで反中絶デモが予定されていた週のあいだそれらのクリニックは閉鎖することになったけれど、右派は中絶クリニックに勝利したと宣伝し、さらなる寄付や活動家を呼び込んだ。クリニックの入り口を封鎖するような抗議活動は明らかに違法なのだけれど、警察は実際に患者がその場に来て入るのを阻止されない限り何もしないと宣言し、結果として中絶の予約を入れいていた人が中に入れるまでに何時間ものあいだ中絶反対派から罵声を浴び続けることに。この抗議活動は6週間続きいた。翌年、反中絶派は次の大規模行動の標的にニューヨーク州バッファローを選び、ふたたび全国から何千人もの活動家たちを集結させるも、地元のフェミニストや人権活動家らにニューヨーク市から来たACT UPやWHAM! (Women’s Health Action and Mobilization)の活動家たちが加わり、クリニックの入り口を死守するとともにメディアで効果的にメッセージを発信したため、クリニックを閉鎖に追い込む狙いが外れただけでなく反中絶派の過激さが世間の反発を買い、そのさらに翌年に発足したクリントン政権によってクリニック前を封鎖する行為を禁止する連邦法が制定される。

新法によってクリニックの物理的な封鎖が難しくなったあとも反中絶派はクリニックに入ろうとする患者やその付き添いに対する嫌がらせ的な行動を続けるだけでなく、各地でクリニックで働く医者やスタッフ、クリニックを守ったり患者をエスコートするボランティアに対する脅しや暴力が増えていく。ウィチタとバッファローで標的とされた医師たちやその周辺の人たちが射殺されただけでなく、スタッフやボランティアの自宅に脅迫状が届いたり、クリニックから遠く離れた自宅の近所でボランティアの女性の子どもに対して誰かが「あなたのお母さんは殺人者だ」と話しかけた、という例もあった。インターネットが一般化すると患者やスタッフの写真を載せるサイトなども登場した。一部の自治体ではクリニックの周辺数メートルから数十メートルでの抗議活動を禁止したけれど、反中絶派はクリニックの隣の建物に入居することで「クリニックではなく自分たちの建物の前に集まっているだけ」と言い逃れしたり、反中絶のお祭りやパレードを開催したりした。

そうするうちに各州で中絶にさまざまな条件をつけたりクリニックの運営を難しくするような法律が次々と成立し、クリニックや患者を守りたいというボランティアがいてもクリニック自体が存続できなくなっていく。いま残っているクリニックは大都市に集中しており、全国の郡のうち9割近くには一軒も妊娠中絶を行うクリニックがない状態に。これに加えて中絶を受けるまえに再考する時間を持つことが義務付けられたり、本来必要でない準備や条件が付くことで、妊娠中絶するためには仕事を数日休んで遠くの街に旅行することが必要となってしまい、多くの女性にとって経済的に不可能な選択になってしまった。コロナ危機がはじまると多くの州で「妊娠中絶は不可欠な医療ではない」という名目でクリニックを閉鎖されそうになったり、クリニックに入ろうとする患者のすぐ近くまで反中絶派の活動家がマスクもせずに近寄って唾を飛ばしながら叫ぶようになり、ますます妊娠中絶へのアクセスは遠ざかる。しかし同時にコロナ禍はリモート医療の一般化にも繋がり、一部のリベラルな州ではリモートで医師から経口中絶薬を処方してもらい郵便で届けてもらえるようにもなり、両極化がさらに進む。

わたしも実はよく理解していなかったのだけれど、クリニックのボランティアはクリニックそのものを守る役と患者をエスコートする役の2つに分かれるらしい。クリニックを守る人たちがクリニックの入り口へのアクセスを物理的に守ったり、反対派の違法行為や暴力行為がないか見張り記録したりする一方、エスコートは反対派とは一切関わらずに、大きな傘などを使って患者をカメラから守りながら患者が反対派の罵声に注意を払わなくて良いように話しかけながらクリニックの入り口まで導く。クリニックを守る人たちはときには、名前を知っている常連の反対派の人たちにどうでもいいことを話しかけたり(このシャツいいでしょ?とか)歌いだしたりして反対派の注意を引いてそのあいだだけでも罵声をやめさせたりも。どちらも大切だし命の危険もあるのに(殺されたボランティアもいる)すごい尊敬する。

本書ではこれらの役割のほかに、経済的な理由で妊娠中絶を選べない人たちのために資金を集めて支援する活動や、規制により遠い街まで旅行しなければ中絶出来ない人のための現地コーディネータの活動、中絶に対するタブーをなくすために自分が経験した中絶について話すことを選んだ人など、さまざまな形で妊娠中絶の権利を守るための運動をしている人たちが紹介されている。大手の中絶の権利を守る団体の活動を見ていると、いつも「寄付してください」「政治家に声を届けてください」「投票してください」しか言ってこないような気がするけど、実際にはこうしていろいろな活動をしている人たちがいて、かれらのおかげでこれまで辛うじて妊娠中絶の権利は守られてきたし、もし仮にトランプが任命した3人の保守系最高裁判事によって過去の判例が撤回されても、あるいは何らかの奇跡で中絶の権利が法的に守られたとしても、そうした活動の重要性は変わらない。厳しい判決が予想されているなか、わたしもなにかしないといけないな、とあらためて思った。