Katie Goh著「Foreign Fruit: A Personal History of the Orange」

Foreign Fruit

Katie Goh著「Foreign Fruit: A Personal History of the Orange

ジョージア州アトランタ郊外で白人男性が性的誘惑を断つために三つのアジア系マッサージ店を銃撃し八人を殺害したニュースが流れた朝、呆然としたまま食卓においてあったオレンジを五つ貪った中国系アイルランド人の著者が、中国福建省から英領マラヤ(現マレーシア)、そして北アイルランドに渡ってきた祖先のルーツとともに、原産地であるアジアからシルクロードを渡り植民地主義とともに世界各地に広まった柑橘類の歴史をたどる本。

著者は福建省出身で龍巖話(龙岩话)と呼ばれる方言を話す祖父母の家系とアイルランド人のミックス。祖父母は第二次世界大戦中に日本軍が南京で行った凶行を知り脱出を決意し、共産党政権の成立をきっかけに当時の英領マラヤ(現マレーシア)に逃れた。かねてからコロナウイルス・パンデミックをきっかけに反アジア人感情が欧米で高まるなか、アジア系女性を標的とした銃乱射事件が起きたことで、ヨーロッパに住み龍巖話はもちろん中国語もマレー語も話せない自分は何なのか悩む。子どものころからさまざまな思い出のあるオレンジがアジア原産であり、国際的な流通や植民地主義とともにヨーロッパに渡ってきたことを知った著者は、自身のルーツを柑橘類の歴史と重ね合わせてその歴史をたどりはじめる。

地元出身なのに住んできた北アイルランドやスコットランドで余所者扱いされてきた著者は、祖先のルーツでありいまも親戚が残っている福建省に行けば自分の居場所が見つかるかと思いきや、言葉も通じずどうしても自分は余所者であることを突きつけられる。柑橘類の原産地に近い福建省からイギリスやオランダの東インド会社が植民地化を進めたマレーシア、そして長い船旅で多くの船員を苦しめた壊血病への対策としてレモンをはじめとする柑橘類が植民地やそれらへの中継地に植えられた経緯を追い、さらには債務奴隷とされた中国人やアイルランド人たちが黒人奴隷にかわって労働力として重用されたアメリカでさまざまな品種が知的財産権の保護を受け大規模に栽培されるようなったカリフォルニア州の研究農園を訪れ、自分のルーツも歴史も一直線ではなくあちこち行ったり来たりしてまとまらないことを実感する。

『怒りの葡萄』を書いたスタインベックが大恐慌で多くの人が食糧難や栄養不足に悩むなかルーズヴェルト大統領が農家を守るために実施したオレンジの廃棄政策に対する怒りを綴ったエッセイや、柑橘類の品種の豊富さとその自然交配の多さや接ぎ木する理由など、雑学的な内容も経済政策や植民地主義、人種主義の歴史などと繋がってきてずっとおもしろい。自分の家族はアジアとヨーロッパのさまざまな場所にルーツがあると思っていたら、市販の遺伝子検査キットを使ってみたところ「50%中国人、50%アイルランド人」という全然おもしろくない結果が出て、親から「そんなの調べるまでもなく聞いてくれたら良かったのに」と呆れられたというエピソードがなんかツボりました。エッセイと自叙伝と歴史と生物学とアジア人差別に対する憤りが混ざりあった不思議だけれどとても良い本。