John Carreyrou著「Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup」

Bad Blood

John Carreyrou著「Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

最近裁判がはじまったバイオテックベンチャー、セラノスによる大規模な詐欺・不正事件について、内部告発者の協力を得て暴露したウォールストリートジャーナル記者による本。日本語訳は「BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相」として出版されている。一般のメディアでセラノスの問題について取り上げられているのを見ていると、シリコンバレーでは新しい技術について盛りに盛って超楽観的な見通しを宣伝することで資金を集め、その資金を使って過剰な約束を現実にしようとすることが一般的で、結局それに失敗して約束通りの結果をもたらすことができないこともままある、どこまではそういう一般的な「楽観的な見通し」で、どこからが詐欺や不正にあたるのか、という議論の題材とされることが多いのだけど、この本を読むとセラノスのやったことが明らかな不正であり、多数の患者たちの健康を危険に晒す悪質な行為だったとわかる。不正だけではなく、それを隠蔽するための常習化したパワハラ、パラノイア的な社員の監視やコントロール、内部告発しそうな社員や元社員に対する探偵による調査や裁判を通した恫喝など、関わってしまった人たちが気の毒で仕方がない。

セラノスの崩壊はシリコンバレーで自分の企業を創業して大成功した初の女性起業家としてホルムズを歓迎してきたフェミニストたちにとっては残念だけれど、20歳も年上のパートナー(当時)でセラノス社長を努めたサニー・バルワニとの関係も、「シリコンバレーで女性として成功すること」の難しさを考えさせる。IT業界にはマーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツなど大学を中退して起業し成功した例がいくつもあるけど、それはかれらが開発していたSNSやソフトウェアが趣味で学べるコーディングの延長線上にあったから。著者も指摘するように、医療機器の開発と設計には専門的な知識が必要であり、どれだけ野心的であっても医学や生物学の研究実績のない学生がいきなり中退して起業した会社で取り組めるものではない。そこにソフトウェアエンジニアとしてロータスやマイクロソフトで経験を積んだバルワニが加わり、彼女と私生活でもパートナーとして秘密の関係を続けながら彼女を支えたために、これほどの不正を続けることができてしまった。著者は「主犯はバルワニで、ホルムズは利用されただけ」という一部のホルムズ同情論を否定し、ホルムズが自ら不正を主導していたことを示しているけれど、バルワニがいなければ被害が少ないうちにセラノスが潰れて終わっていたような気もする。

とにかく事件が事件なので読み物として面白く、ノンフィクションであることを忘れそうになるくらい。でもパワハラ職場の様子はホラー寄りのスリラー小説みたいで、悪い夢を見るかも。