Ian Millhiser著「The Agenda: How a Republican Supreme Court is Reshaping America」
トランプ政権による3人の保守派最高裁判事の任命により、妊娠中絶を合法化した1972年のRoe v. Wade判決の破棄が近づくなど、司法の急激な保守化が懸念されるなか、そうした個別の判断ではなく、さまざまな問題に影響を与える保守派判事たちの法律観を「参政権」「政府による規制」「信教の自由」「裁判の判断を仰ぐ権利」の4つの側面から、判事たち自身の書いた判決文やスピーチの内容から分析する本。今後数十年に渡って黒人や貧しい人たちの参政権はますます制限され、信教の自由を口実にした同性愛者や女性に対する差別は認められていく、というのはわかるのだけれど、おもしろいのは「政府による規制」について書かれた章。
もともとアメリカでは人種隔離政策が裁判所によって解体されたり、環境保護が命じられたりしたなか、保守派はそれらの判決を「裁判所による越権行為」と批判してきた。政策を決めるのは立法や行政の役割で、司法は可能な限りそれらを尊重すべきだ、という考え。ところが保守派が司法を独占するようになってくると、こんどは逆にオバマ政権の健康保険改革など、立法や行政が決めた政策に対して裁判所が積極的に介入すべきだ、という主張が保守派のあいだで強くなる。黒人参政権保護への否定的な意見や信仰の自由を最大化する意見などにおいて保守派判事は一貫した主張をしている一方、司法による政策介入については同じ判事でも過去と現在で主張が正反対になったりしているケースがある。
この短い本は議論のテーマを絞ることによって読みやすい分量に抑えているけれど、それぞれのテーマや司法の保守独占による影響についてはほかにも多数の本が出ているのでそれらを参照すべき。最近紹介した本だと、Carol Anderson著「One Person, No Vote: How Voter Suppression is Destroying Our Democracy」、Erwin Chemerinsky著「Presumed Guilty: How the Supreme Court Empowered the Police and Subverted Civil Rights」、Adam Winkler著「We the Corporations: How American Businesses Won Their Civil Rights」など。