Faiz Siddiqui著「Hubris Maximus: The Shattering of Elon Musk」

Hubris Maximus

Faiz Siddiqui著「Hubris Maximus: The Shattering of Elon Musk

政府効率化省(DOGE)という謎組織を率いて連邦政府機関に乗り込み好き勝手に人員解雇や組織破壊を行っているイーロン・マスクが「どうして、いつからあんなに壊れちゃったのか」という疑問に答えようとする、ワシントン・ポスト紙のテクノロジー記者による本。マスクは著者のことを「ベゾスの飼い犬」として毛嫌いしていて取材には応じてくれなかった(ワシントン・ポスト紙はアマゾン創業者のジェフ・ベゾスが所有しており、SpaceXのマスクとBlue Originのベゾスは宇宙開発の最大のライバル)。

マスクを長年追ってきた著者によると、マスクはかなり昔からこうだった、変化したのはマスク自身ではなくかれの富と権力だけだ、という身も蓋もない結論。自律運転できる電気自動車を普及させて交通事故を無くし気候変動を止める、地球の限界による制約を受けずに人類が存続・繁栄するために火星への人類移住を実現する、というマスクの目的は本人としては効率的利他主義に基づいていて、天才である自分が人類のために貴重な貢献をしようとしているのに安全性や労働者の権利を口実にそれを妨害する政府やリベラルは人類の敵である、とマスクは考える。

本書の多くの部分は、テスラにおいていかにマスクが自律運転に固執し、安全性が確認されていない技術を市場に投入し、事故が起きても隠蔽したり規制しようとする政府機関を攻撃し、ツイッターを通して政府職員や批判的なメディアなどに対する攻撃を扇動してきたかに割かれている。もちろん安全性が十分でなく合法性も疑わしい製品をローンチして問題が起きたらあとから直していく、というのはテスラだけでなくソーシャルメディアギグ・エコノミーなどの分野の多くのテクノロジー系ヴェンチャー企業に共通しているパターンだけど、テスラの場合は交通事故という目に見える形で人が死んでいるのに一切ブレーキをかけようとする気配がまったくないのが異様。グーグルなど自律運転に手を出しているほかの企業は少なくともそこまで無茶苦茶ではない。

しかしマスクには、高速道路など限られた場所だけでなくどこでも使える安全な自律運転が実現したら将来的に交通事故は激減し、毎年アメリカだけで何万人もの命が助かるのだから、それを一年でも早く実現するためにはいま何百人か亡くなったとしてもそのデータを取って機能を改善すれば十分にお釣りが来る、という合理的な論理がある。何件か死亡事故が起きたからといって技術の進歩を妨げるのは、将来の何万人もの人を大虐殺しているのと同じであり、自分こそが多くの命を救うために戦っている正義の味方なのだ、ということになる。

これはもう普通に大量殺人鬼の身勝手な論理なわけだけど、それを続けたことで世界一の大富豪、そして独裁者に近い政治権力者にまで上り詰めたのだから、反省する必要がどこにもない。しかしツイッターを買収して社員の約半分を解雇してブランドも組織も公共的なメディアとしての価値も破壊したり、1日中ネットでヘイトや陰謀論をバラ撒く生活を続けたところ、さすがにツイッターだけでなくテスラのブランドにも傷が付き、マスクはもしかしたら天才ではなくてただの愉快犯の破壊屋では?と一般社会にも気づかれてしまったところで本書は終わる。

だから本書には「イーロン・マスクの瓦解」というサブタイトルが付けられているわけだけど、トランプ政権になってDOGEを率いて買収後のツイッターでやったのと同じことを政府機関でやりだしてもはやマスク自身だけでなくアメリカ自体が崩壊しそうな勢いなのは、さすがに著者にとって予想外だったのかもしれない。出版直前に書かれたと思われる「まえがき」でそのことに触れたうえで、マスクが今後何をするかを知るには、かれが過去に行ってきたことを知れば良い、と書かれている。いやあでもいくらなんでもマスクもそろそろ終わりでしょ?っていうのはわたしの希望的観測に過ぎないんだろうか。