Erwin Chemerinsky著「No Democracy Lasts Forever: How the Constitution Threatens the United States」

No Democracy Lasts Forever

Erwin Chemerinsky著「No Democracy Lasts Forever: How the Constitution Threatens the United States

カリフォルニア大学バークレー校法学校で学部長を務める憲法学者が、現在アメリカが陥っている民主主義の行き詰まりが18世紀に成立した米国憲法にあると指摘し、問題を解消するための手段について論じる本。

著者の本としては保守派法学者の一部が主張する原典主義(オリジナリズム)が論理的にも倫理的にも間違っており有害であることを主張する「Worse Than Nothing: The Dangerous Fallacy of Originalism」や最高裁が判例の積み重ねによって警察による暴力や違法行為を横行させてきた歴史について書いた「Presumed Guilty: How the Supreme Court Empowered the Police and Subverted Civil Rights」をこれまでにも紹介してきた。

本書の内容は、著者自身やほかのさまざまな論者がこれまでさんざん主張してきた、アメリカ民主主義のさまざまな問題点——有権者の多数が投票した候補が必ずしも当選しない大統領選挙の仕組み(2000年ゴア、2016年クリントン)、州によって一票の格差が66倍にもなる上院の設計、過半数の議員が賛成している法案がたった一人の議員の反対によって廃案にできる上院のフィリバスター、得票率よりはるかに多い議席を一方の党が獲得できるような選挙区割(ジェリマンダー)、何の義務・責任も負わない判事が何十年も居座ることができる最高裁、黒人らマイノリティの参政権簒奪を阻止できなくする一方、大企業や富豪らが無制限に選挙結果に影響を及ぼすためにお金を使えるようにした判例など––についてであり、それらの多くがアメリカ憲法が制定された時に(裕福な白人男性の)起草者たちが行った政治的な妥協に基づいていることを指摘する。

憲法起草時の政治的妥協とは、連邦政府の結成に消極的な、奴隷制のある州と人口の小さな州に対する譲歩であり、それを起草者たちの民主主義に対する不信が増幅した。当時のアメリカには奴隷制のある州(奴隷州)とそうでない州(自由州)、そして奴隷制はあっても新たな奴隷をアフリカから連れてくることを禁止している州があり、奴隷州は将来的に連邦政府が奴隷制を廃止しようとすることを恐れた。奴隷制が将来にわたって保護されるのでなければ連邦政府には参加しないと宣言した奴隷州の要求をうけ、憲法には奴隷制に関する条項が3つ含まれることになった。それが、まず第一に憲法制定後少なくとも20年は奴隷の輸入を禁じないという条項、第二に奴隷州から自由州に逃亡した奴隷を奴隷所有者に引き渡すという条項、そして第三に、奴隷州が将来にわたって影響力を保持するために、連邦議会の議席の割り当てにおいて参政権がない奴隷も3/5人として人口に数えるというもの。特に最後の条項はその後長年にわたって南部奴隷州に実際の有権者数にそぐわない数の議席を与え続けた。のちに奴隷制を廃止する憲法修正を成立することができたのは、南部奴隷州が連邦からの離脱を宣言し南北戦争を起こし、連邦議会での発言権を一時的に失ったからだった。

デラウェアやロードアイランドなど人口が小さかった州は、ヴァージニアやペンシルヴァニアなど大きな州に比較して自分たちの発言権が失われることを恐れ、議会は人口あたりではなく州ごとに対等な議席数を分配することを主張した。その結果妥協として生まれたのが、人口に比例して議席数が分配される下院と人口に関わらず各州が2議席ずつ与えられる上院の二院制だった。当時もっとも人口が少なかった州と多かった州の格差は12倍だったが、現在ではその格差は60倍を超える。それはそのまま各州が大統領選挙の際に与えられる投票人の数にも反映され、上院と大統領の選出において一票の格差は史上もっとも広がっている。上記の奴隷輸入に関する条項と上院の構成についての条項は、憲法においてのちの修正が禁じられているたった2つの項目であり、これらがどれだけ連邦憲法制定に不可欠だったかが分かる。もちろん起草者たちの妥協が当時としては正しかったのか、それともたとえアメリカが2つ以上の国に分かれたとしても奴隷制のない国を作るべきだったのかは議論が分かれる。

また起草者たちは、民主主義に不安を抱き、民主主義に反するさまざまな仕組みを憲法に盛り込んだ。有権者による投票ではなく州が任命した選挙人によって大統領を決める仕組みは、もともとそれぞれの州の住民ではなく州議会が誰に投票するか決める仕組みだったし、上院議員も選挙ではなく州議会によって選出されていた。結局、当時の有権者(財産のある白人男性)が直接選挙で連邦政府に送ることができたのは、下院議員だけ。2020年大統領選挙の結果に不満を持つトランプ支持者たちは、一部の州で選挙結果に関わらず州議会が任意の選挙人を選出できる法律を作っており、これは明らかに民主主義へのさらなる逆行だけれど、それが歴史的には本来のあり方だったりする。

またアメリカの民主主義を停滞させているほかの仕組みは、憲法に基づいているものではないものの、さまざまな判例や慣例によって維持されている。上院のフィリバスターや連邦最高裁の終身任命などは規則や法律でそうなっているだけであり議会がその気になれば変えることができるし、最高裁が新たな判断を下せばマイノリティの参政権を保護したり政治資金を規制することも可能。さらに言えば、「法の下の平等」を定めた憲法修正14条が成立した時点で、大統領選挙や上院選挙における一票の格差を前提とした条文は無効になった、という憲法判断も可能であり、新たな憲法改正をせずとも最高裁の判決によってそれらを廃止することも可能だと著者。しかし実際のところ、現在の上院のルールのもとで抜本的な法改正が行われる可能性は小さく、現在の最高裁が民主主義を強化するための判決を下すことも考えづらい。憲法修正を行うには議会と各州の2/3の賛成が必要であり、さまざまな利害が衝突する問題ではまず実現しない。

そこで出てくるのが、現行憲法における憲法修正の手順を踏まずに、憲法起草大会を開いて新たな憲法を作ってしまおうという考え方。そもそもアメリカの現行憲法が制定された起草大会だって、もともとは独立した時点で作られた連合規約の修正を話し合うために集まったところ、「すべての州の同意がなければ修正できない」という条項によりそれが不可能と分かり、全てを破棄して新憲法を作り上げたものであり、先例はある。いますぐにというのは無理だとしても、この先さらに民主主義の機能不全が悪化したとき、民主党・共和党両党のなかで新憲法制定の声が広がり、両党から同数の委員が参加した起草大会を開き国民投票によって新憲法を導入する、という道筋は、いまの憲法のまま民主主義を守るための憲法修正がなされたり最高裁判決が出るよりは可能性がありそうなくらい、いまのアメリカはドツボにはまっている。

そしてそれが不可能なら、そのときはもうアメリカ合衆国を分離・解体するしかない。かつてアラスカ州で州の独立を目指す住民投票が行われようとしたときは裁判所によって阻止されたけれど、テキサス州ではテキサスが連邦から離脱するかどうか投票で決めようという動きがあるし、カリフォルニア州でも独立を主張する人がいる(実際、カリフォルニア州は独立国としても世界有数の大国としてやっていける)。あるいは、EUを手本として各州あるいは各地域が独立したうえで、一定の共通の政策を取るということも考えられる。どちらにしてもあまり現実感は感じられないのだけれど、選挙で勝って制度を変えていこうというより、新憲法制定や国の分離解体のほうがリアルだと思えるのが、アメリカの混迷を示している。