Nick Seabrook著「One Person, One Vote: A Surprising History of Gerrymandering in America」

One Person, One Vote

Nick Seabrook著「One Person, One Vote: A Surprising History of Gerrymandering in America

アメリカ政治の停滞をもたらしている要因の1つであるジェリマンダーの歴史についての本。ジェリマンダーとは通常有権者が投票によって政治家を選ぶのと逆に、政治家が選挙区の区割りに介入して自分や自党に有利な選挙区を作る手法のこと。米国「建国の父」の一人で第5代副大統領となったエルブリッジ・ゲリーがマサチューセッツ州知事時代に行った区割りが「サラマンダーのような」歪な形の選挙区を生み出したと批判されたことが「ゲリーマンダー(ジェリマンダー)」の語源となった。

ジェリマンダーの基本的な手法は、自陣営の支持者の票ができるだけ死票にならないように、そして逆に対立陣営の票は死票となるように区割りを行うことだ。そのためには自陣営の支持層はできるだけ多くの選挙区において僅差で勝てるよう配置し、いっぽう対立陣営の支持層は決して多数派にはならないようにそれらの選挙区にバラして分配したり、あるいはごく少数の選挙区に詰め込んでそれら少数の選挙区だけでしか勝てないようにする。アメリカではほとんどの州において州議会と知事に選挙制度を決定する権限があるので、議会と知事を二大政党のどちらか一方が独占した場合、権力を濫用して自党に有利な区分けを行うことができてしまう。

とはいえ歴史上ジェリマンダーは、一部の政治家たちが自分の地域で実施したくらいで、常にそれほど一般的に行われていたわけではない。少なくとも19世紀まではジェリマンダーを実行したくてもそれに必要なデータがそれほど簡単には手に入らなかったし、区割りの改定自体があまり行われなかった。ところが20世紀になると人口の都市集中とともに一票の格差が問題とされ、人口が増えている地域の人たちの票の価値を目減りさせないために、定期的に区割りを行わなければいけないことになった。皮肉なことに、一票の格差を解消するという民主主義を守るためのお題目が、非民主的なジェリマンダーを行う機会を時の権力者に与えてしまった。

また公民権運動を受けて黒人の選挙参加が拡大した際、黒人の政治的影響力を減らそうと、黒人たちが多く住む地域を分割して周囲の選挙区に繰り込み、どの選挙区においても黒人の割合が一定数を超えないようなジェリマンダーが行われたが、それに対する批判が高まった結果、逆に黒人が多数派となる選挙区を少数作ってそこに黒人たちを押し込むことで、周囲のほかの選挙区から黒人有権者の影響を排除した(その結果民主党が勝てなくなった)。これもまた、人種差別をなくすための介入が別の形で人種差別を生み出してしまった皮肉なパターン。

ジェリマンダーは基本、権力を持つ側が自分たちの権力を温存するために行うものだけれど、二大政党の力が拮抗しているところでは両党の談合による両面ジェリマンダーもある。その代表的な例は数十年に渡って上院は共和党、下院は民主党が多数派という状態が続いてきたニューヨーク州。両党の勢力が拮抗しているならどちらも相手側のジェリマンダーを許すはずがないと思われがちだけれど、政治家たちには「自陣営の勢力を増やしたい」以上に「自分が権力を維持したい」という動機がはたらくので、それぞれ上院では共和党有利、下院では民主党有利な区割りを採用するというジェリマンダーを双方が容認してお互いの現職議員を守ることになった。その結果、ニューヨーク州の州議会議員は離職するより寿命で亡くなるほうが多いくらいに安定した地位となり、また他の週に比べて汚職で逮捕される割合が異常に多くなった、と著者は指摘する。両党の現職議員たちが自分たちにとって有利な区割りを採用し続けた結果、州の有権者たちは選挙によって代表を選ぶ権利を実質的に否定されてしまった。

ジェリマンダーは非民主的であり違憲だ、という裁判は何度となく行われてきたけれど、どのような選挙制度を取るかは政治的な問題であり司法が判断すべきではない、意図的に差別するための区割りでなければ問題ない、などといった判例により、裁判によってジェリマンダーを覆すのは困難。あまりに極端なケースではたまに違憲判決が出るけれども、裁判には時間がかかるため、その判決が出るまでにはすでに数回選挙が行われてしまっていて、もうすぐ次の再区割り、というタイミングになってしまうので、あまり意味がない。さらに現在ジェリマンダーは民主党より共和党に有利にはたらく傾向があるという現実のなか、保守色の強いいまの最高裁がジェリマンダーに違憲判決を下す可能性は低くなっている。

著者も裁判はジェリマンダーを止める手段にはならないとして、一部の州で住民投票などを通して実現しつつあるさまざまな改革に期待を寄せる。それはたとえば選挙区策定を専門家によって構成された委員会に任せるなどで、その委員会の人選がどう行われるかによって党派的な影響は防げないのだけれど、少なくとも政治家が直接関わるよりはマシ。ジェリマンダーはアメリカ民主主義の数ある問題のうちの1つだけれど、ほんとなんとかしてほしい。