Jimmy Soni著「The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley」

The Founders

Jimmy Soni著「The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley

インターネット決済サービス大手Paypalの母体となるConfinityとX.comの創業から激しい競争を経ての合併、そしてeBayへの売却に至るまでのストーリーを、ピーター・ティール、イーロン・マスク、マックス・レヴチンの3人の人物を中心として綴った本。多数の関係者とのインタビューに基づいて書かれているものの、著者は序盤から「ペイパルマフィア」と呼ばれるこれらの創業者たちを絶賛する態度なので、まあそういう内容。

ツイッターでもなんどか書いているんだけど、ペイパル創業者の一人スコット・バニスターが4年前から大金を投じて性売買合法化運動の団体をあらたに創設して各地で住民投票や立法を目指したロビー活動をしていて、その運動がセックスワーカーの声に耳を傾けようとしないばかりか、大麻合法化運動の大物で何十年にもわたって多くの女性に対してセクハラや性暴力を繰り返してきたことがついにMeToo運動によって告発されて大麻合法化運動を追い出された白人男性を中心としているものだったり、バニスターやその友人が提供している資金がこれまでのアメリカのセックスワーカー運動全体の合計を何百倍もしたくらいの額だったりして、わたしやわたしの周辺はものすごく危機感を感じてきた。

その関係で、ペイパルマフィアやその周辺のブロトピア的な状況について理解しようと普段は読まないビジネス書などを含め少しでも関連してそうな本をこれまでたくさん読んできたので、この本に書かれているエピソードの大筋はだいたい知っていたけれども、あらためてこいつらヤバいなと。まあかれらが本当にヤバいのは、PaypalをeBayに売却したあとの、ティールやマスクの政治的な動きだったりメディアに対する裁判や買収による統制だったりするんだけれど、それはこの本の範疇ではないので書かれていない。あくまでPaypalがeBayに売却されてペイパルマフィア全員がリッチになるまでの話。新たにわたしが理解を深めたのは、PaypalとeBayの企業文化の違いはよく言われてきたけど、ConfinityとX.comのあいだでも単純な権力抗争以前の部分で企業文化の違いはあったんだなあという点くらい。

この「ペイパルマフィア」という呼称、もとは2007年にフォーチュン誌に掲載された記事で使われた呼び名で、Paypalを卒業したあとYouTube、LinkedIn、Tesla、SpaceX、Yelp、Facebook、Redditなどその後大きくなったさまざまな企業の創業や経営・出資に関わった人たちのネットワークを指す言葉。フォーチュン誌の記事に掲載されたマフィア風の写真がハマっていたので定着したけれども、著者はこの呼称や写真はPaypalがこれら白人(及び一部アジア系)男性だけによって成功したかのような印象を与えるので良くない、と書いているのだけれど、表紙に肖像が描かれている女性たちは実際には本書のストーリーではほとんど登場しておらず、お前が言うな感が強い。

Paypal Mafia

本書のエピローグで、貧しい地域に生まれて若いうちにギャングの抗争に巻き込まれ刑務所に入れられた黒人男性の話が唐突に語られる。かれは刑務所で手にとったフォーチュン誌でペイパルマフィアの記事を読み、感銘を受け、出所したら自分もテクノロジー企業を立ち上げて大成功したいと思うようになった、といい話っぽく書かれているんだけど、ペイパルマフィアの人たちはもともと家がお金持ちで幼い頃当時はまだ一般的ではなかったパソコンを与えられていたりきちんとした教育を受けられた人がほとんどで、そもそも生まれ育った状況が違いすぎるし、同じ能力やアイディアを持っていてもシリコンバレーで同じように成功できる環境もないんだけど。著者によれば、この黒人男性は自分の身を守るために加わったストリートギャングに忠誠を誓った経験から「ペイパルマフィア」という同じように固い絆で結ばれた(ように見える)集団に共鳴し、自分たちは大したことない額のお金を稼ぐためにドラッグを売ったり銃で抗争したりで命をかけたのに、ペイパルマフィアは合法的かつ安全にその何万倍ものお金を稼いだ、すごい、と思ったらしい。ティールやマスクより一番ヤバいのは、シリコンバレーのメリトクラシー信仰かもしれない。

追記:邦訳「創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説」2023年5月刊