Cori Bush著「The Forerunner: A Story of Pain and Perseverance in America」

The Forerunner

Cori Bush著「The Forerunner: A Story of Pain and Perseverance in America

2014年にミズーリ州セントルイス近郊のファーガソンで起きた白人警察官による黒人青年マイケル・ブラウン氏殺害への抗議活動で注目を集め、2020年の選挙で連邦下院議員に当選した著者による自伝。

ファーガソンとも近い街の黒人家庭に育った著者が、頑張って進学した先の高校で教員や同級生による過酷な人種差別を受けて退学を余儀なくされ、数回の性暴力、銃を使ったドメスティックバイオレンス、妊娠中絶、早産児の出産、幼い子どもを抱えての車中生活、食費や医療費に困るほどの貧困などを経験しながらも、信仰と家族の支えによって立ち直り、ブラック・ライヴズ・マターの運動に参加するなか政治を志す、壮絶でありながらありふれた、現代アメリカの現実を生きる一人の黒人女性の半生が語られる。

貧しいなか学校に通い看護師の資格を取り、さらに牧師としての訓練も受け自宅であらたな教会を開いた著者だけれど、信仰により癒やしを主張し、生まれて一度も歩いたことがない人が彼女の癒やしの手によって歩いた、みたいな話はちょっとやばめだし、メディケア・フォー・オール(高齢者や障害者向けの公的健康保険に全国民が加入できるようにする政策)を主張する立場として信仰だけで癒せるみたいな話はどうなんだとも思うけど、リスペクタビリティが重視される伝統的な黒人教会から排除されがちな(彼女自身のような)シングルマザーやホームレスの人たち、教会内で性暴力の被害を受けた女性たちなどに手を差し伸べる伝道を行っていたことが、のちにファーガソンでブラック・ライヴズ・マターの運動が広がったときに彼女が取った行動のベースに。抗議活動が起きた当時看護師としてコミュニティ医療団体で働いていた著者は、上司を説得して事件によってショックを受けた地域の住民たちと抗議に参加する活動家たちへのケア提供を主導した。

彼女の2020年の当選は画期的な出来事だった。セントルイスを中心とするこの選挙区は10期連続当選中の現職の黒人男性議員が再選を目指しており、かれは地元の黒人コミュニティの代表者として圧倒的な知名度と支持を集めていた。前回2018年に立候補し落選した際に撮影されたネットフリックス配信のドキュメンタリ「レボリューション 米国議会に挑んだ女性たち」で多少は知られるようになった著者だけれど、シングルマザーであり学歴や経歴の点でも見劣りする彼女は当初不利に。

しかし彼女の強みは暴力や貧困を経験し、教育や医療における格差を自分の問題として語れることであり、現職が彼女の過去をリサーチして「彼女は過去に3度住居を立ち退きさせられたことがある」とネガティヴキャンペーンを行ったことが逆に彼女のオーセンティシティを際立たせることに。3度の立ち退きの1度目はDVから逃げ出した結果であり、2度目は看護師学校に通うために年間契約を解除せざるを得なかったし、3度目はブラック・ライヴズ・マターの活動で注目を集めた彼女に対して「危険だから」と追い出された結果。ペナルティを払うだけのお金があれば、あるいは弁護士をたてて法廷で争うことができれば立ち退きの履歴はつかなかった可能性があったけれど、そんな余裕は彼女にはなかった。そして、同じようにいつ住居を失うかわからない多くの普通の人たちによって、彼女は代弁者として選ばれた。

もともとわたしが好きな政治家の一人だったけれど、この本を読んでもっと好きになった。これからもリアルなまま活躍してほしい。