Jessikka Aro著「Putin’s Trolls: On the Frontlines of Russia’s Information War Against the World」

Putin's Trolls

Jessikka Aro著「Putin’s Trolls: On the Frontlines of Russia’s Information War Against the World

2014年のクリミア侵攻いらい活発になったロシアによる情報戦を早くから調査報道し続けたフィンランドの女性ジャーナリストによる本。2016年に英国のブレグジットと米国のトランプ当選に関わったとしてロシアによるソーシャルメディアを通した情報戦が話題となり、アメリカではマラー特別検察官による捜査の結果、多数のロシア人やロシア企業などが不正に大統領選挙に介入したとして摘発されたけれど、この本ではそれ以前からロシアがジョージアやウクライナなど旧ソ連からセルビアなど旧東側諸国など多数の国において反米・反EU・移民排斥の勢力に加担しロシア擁護の世論を広めようとするとともに、著者を含む批判者たちに対するデマを流して中傷するなどして社会的抹殺を試みてきたことがまとめられている。

著者が議論の対象としているのは、ロシア政府の影響下にあるRTなどの大手メディアのほか、独立メディアを標榜しながらロシアのプロパガンダやフェイクニュースを拡散するフィンランドのMV-lehtiなど他国のウェブサイト、そしてそれらの記事を拡散する多数の––少なくない部分はロシア系の不正アカウントだとしてのちに各SNSプラットフォームから停止された––アカウント群。と同時に、フィンランドの「真のフィンランド人」党など各国の極右勢力がこうしたロシア政府系メディアやアカウントのフェイクニュースに同調し拡散しており、そのため著者には多数の嫌がらせや殺害・性暴力の予告が寄せられる事態に。

ロシアによる情報戦に懸念を抱いていたジャーナリストや実際にロシアによるフェイクニュースやネットリンチの対象になって叩かれたジャーナリストは彼女のほかにもいたけれど、フェイクニュースを拡散する側も「報道の自由」や「言論の自由」を盾にしているため、各国政府やソーシャルメディアプラットフォームの対応は遅れがち。かわりにロシアの情報戦に対抗してきたのは、InformNapalm(記事が古いけど一応日本語版もある!)やBellingcatのようなオープンソースインテリジェンスを使った民間による取り組み。ドンバスやシリアにおける(公式にはいないはずの)ロシア軍による戦争犯罪の究明などを通してロシアの情報戦に対抗している。

著者は2019年に米国国務省によって「国際勇気ある女性賞」受賞者10人の一人に選ばれたのだけれど、選出後に国務省に求められて「発表資料に載せるのかな」と思いソーシャルメディアのアカウントを教えたら、過去にツイッター上でトランプ大統領によるマスメディアへの攻撃を批判していたことを理由に授賞式の直前に彼女の受賞が取り消された。さらに国務省は「彼女は候補であって受賞が決まったわけではなかった」と釈明したけれども、議会による調査でそれがウソだったことも判明。プーチンによる情報戦を批判し、その結果攻撃されたことを理由に賞に選ばれたのに、こんどはトランプによるメディア攻撃の犠牲になって受賞を取り消されるというわけのわからない状況。

このところロシアの情報戦はトランプを後押しするなど欧米の極右勢力と結びつくことが多いけれど、実際のところロシアは欧米社会を混乱・分断させることが狙いなのであって、たとえばRTはアメリカ社会における経済格差や人種差別の問題や米軍が他国で行っている人権侵害について批判的に報道するなど、リベラルや左翼が好む論調の記事も拡散している。実際最近も、ウクライナ侵攻に関連してNATOによる挑発が原因だ、ロシアを撤退させるためにはNATOの拡大を止めろ、というロシア系メディアの記事が、わたしの知り合いの左翼によってシェアされているのも見かける。アメリカだってメディアを利用した情報戦は行っているし、ロシアだけの問題ではないと思うのだけれど、ロシアのそれは極端だし現実にいま「ウクライナからナチスを追い払う」という(イラクから大量破壊兵器を取り上げる、と同じくらいには)無茶苦茶な口実で戦争を起こしているわけで、知らないうちに利用されないように気をつけたいし、ソーシャルメディアには情報ソースの透明性確保を進めてほしい。