Ann Wolbert Burgess & Steven Matthew Constantine著「Expert Witness: The Weight of Our Testimony When Justice Hangs in the Balance」

Expert Witness

Ann Wolbert Burgess & Steven Matthew Constantine著「Expert Witness: The Weight of Our Testimony When Justice Hangs in the Balance

FBIで心理分析官として働いた経歴もあり、性暴力や虐待の専門家として多数の裁判で証言をしてきた法看護師(Burgess)が、司法における専門家証言の歴史とともに自身が関わってきた数々の有名事件について語る本。

著者はFBIで多数の暴力事件の加害者や被害者のプロファイリングや精神鑑定を行い、ボストン大学看護学校では性暴力や虐待の加害者や被害者についての研究を行う。性暴力サバイバーたちの被害当時の記憶があいまいだったり一見被害者らしくない行動を取ることを分析し「レイプ・トラウマ・シンドローム」と著者が名付けたのは1974年のことであり、サバイバーの心理に対する世間の理解を進めた第一人者の一人。しかし著者はあるとき、自分が行っている研究が世間に浸透しサバイバーたちの境遇を改善するには時間がかかりすぎることを感じ、性暴力や虐待をめぐる裁判に積極的に専門家として証言をすることで直接サバイバーたちの利益を守り、また裁判についての報道を通して自身の研究成果を広めようと決意する。

本書の序盤では、係争事案とは直接関係のない部外者であるはずの専門家による証言が裁判で取り上げられるようになった歴史的経緯が解説されている。現在では大きな裁判になると原告・被告双方がそれぞれ自分たちに都合がいい専門家を連れてきて証言させることが多いが、一般の陪審員からするとどちらの専門家の言っていることが正しいのか判断するのが難しいし、専門家と称する人たちの見解がそれほど対立するということはどっちもどっちなのだろう、あるいは専門家というのはお金を出せばなんとでも言うのだろうと思われがち。出廷した専門家たちは、かれらの信用を傷つけようとする相手側の弁護士によってありとあらゆるケチを付けられ、私生活について問い詰められたりもするので、目立ちたがりやお金目当ての似非「専門家」ほど裁判に出たがり、本当に専門性がある研究者や専門家らにとっては裁判に出ても損しかないことも多い。そういうなか著者は、性暴力や虐待のサバイバーたちを助けたい、トラウマについての世間の理解を推し進めたい、という使命から、メディアを騒がせた多数の有名な事件に関わっていく。

たぶん本書の一番の売りは、メネンデス兄弟事件、デューク大学ラクロスチーム事件、ビル・コスビーやアメリカ体操連盟の医師だったラリー・ナサール医師による連続性的虐待事件など、メディアで大きく取り上げられた数々の事件に関連した部分だと思う。実際それらの事件について(わたしが報道における性暴力や虐待のニュースを詳しく読まないこともあり)知らなかったことも学んだし、当事者の言動を著者がどのように丁寧に分析しもっともありそうな説明を見つけていくかという手法も参考になった。

しかし最後に著者は自分が行っている手法をAIに学ばせてもっと効率的に分析を行うみたいな話をしていて、かなり心配にもなった。そもそも著者が行っているプロファイリングはAIが得意とするパターンマッチングの一種であり、たとえばサバイバーの記憶があいまいなことがある、行動が理不尽なことがある、と言ってもランダムに記憶が欠けたり行動が理不尽になるわけではなく、そこには一定のパターンがあるという考えがベースにある。著者は自らの経験をもとにそうしたパターンマッチングを行っているのだけれど、そこには著者自身も意識していない判断も含まれているはずで、AIで代用しようと思ったらそこまですべて把握して、さらに同じ基準でスコアリングされた良質なデータを大量に準備しないといけない。そもそも性暴力サバイバーの大多数は被害を届け出ないし、したがって証言の信用性を判断するための取り調べなんて受けないわけだけど、ごく限られたサバイバーのデータを学習したAIによって被害の訴えが事実かどうか判定されるようになるのでは、「本当に被害を受けたなら被害者はこう行動するはず」という世間の間違った認識よりややマシなだけになってしまう。

てゆーか、性暴力にせよなんにせよ、専門家が無茶苦茶な証言をしている例なんていくらでも見てるんで、そっちのほうを制度的になんとかできないのかというのはマジ思う。著者は原告・被告のどちらの立場に立つのでもなくただ真実を明らかにしようとしているし、それを通して性暴力や虐待についての正しい理解を世間に広めサバイバーを救おうとしているけれど、そうでないように見える「専門家」も大勢いるので、序盤で取り上げられている専門家証言の制度そのものの問題が放り出されているのは残念な気がする。