Carl L. Hart著「Drug Use for Grown-Ups: Chasing Liberty in the Land of Fear」

Drug Use for Grown-Ups

Carl L. Hart著「Drug Use for Grown-Ups: Chasing Liberty in the Land of Fear

精神科学・心理学の専門家として麻薬の効用について研究するうちに弊害がメディアや政治家やほかの専門家によって過剰に宣伝されていることを告発するようになった著者の二作目。麻薬の使用が脳の構造や機能にダメージを与えるという研究に反論する一方、CPCや(薬物の)バスソルトに関する報道が「薬物を使用した黒人が凶暴なゾンビに変貌した」という事実と反するイメージを拡散し、それが警察による黒人市民の殺害の正当化に利用されていることも指摘。バスソルト騒動については日本語でも「バスソルト 薬物」で検索すれば「マイアミゾンビ事件」と呼ばれる事件についての、当初の警察発表に基づく事実に反した記事が多数みつかるけど、実際に犯人はバスソルトを摂取すらしていなかった。黒人がCPCやバスソルトの影響で凶暴化し、人間離れした力をふるっている、という報道やそれによって起きるパニックは、黒人差別や警察による黒人殺害を正当化する論理の文脈で再解釈されるべき。

コロンビア大学の数少ない黒人の教授でもある著者は、大麻やサイケデリックなど白人がカジュアルに使い一部では合法化が進むなど社会的なスティグマも少ない薬物と、ヘロインやコカイン(特にクラック)など「ハードドラッグ」との世間での区別にも批判的。たとえば近年PTSD治療に使われるようになっているMDMAは化学的には覚醒剤の類似品なのにサイケデリック扱いされており、いっぽうエンジェルダストとも呼ばれるPCPは化学的にはサイケデリック寄りなのにサイケデリック支持者からはスルー。世間の「いいドラッグ」と「悪いドラッグ」の区別は主に社会的。著者は、麻薬を使う人は、自分のように仕事や家庭など社会的な責任を果たしつつ嗜好品としてドラッグを使う「grown-ups(オトナ)」が大半であるとして、カミングアウトを勧める。麻薬に関する議論や政策が麻薬の良い効果を無視し、依存症や犯罪の問題としてしか語られないのはたしかにおかしい。でも一方で依存症だったり精神疾患や貧困などの苦しみへの自己治療として麻薬を使っている人たち(著者はそういう用法に批判的というか、自分が議論の対象としているものではないとしている)が、少数だから、イメージが悪いからと切り捨てられてる気がする。