Anna Lekas Miller著「Love Across Borders: Passports, Papers, and Romance in a Divided World」

Love Across Borders

Anna Lekas Miller著「Love Across Borders: Passports, Papers, and Romance in a Divided World

国境や各国の移民規制によって引き裂かれたカップルたちについての本。

著者はレバノン系アメリカ人の女性ジャーナリストで、シリア内戦の取材のためにトルコに滞在中に出会ったシリア人の男性ジャーナリストと恋愛。しかしトルコ政府が難民や移民の排斥を強めた結果パートナーはトルコのヴィザを失い、しかしシリアでは政府・反政府勢力双方から敵視されているため帰国ができない状況に。アメリカ国籍のある著者は結婚してアメリカに移住することを提案するも、かれは「パスポートのために結婚したくない」と拒否。しかもアメリカではトランプが大統領になり、シリアを含むいくつかのムスリムが多数を占める国からの移民や入国者を全面禁止してしまう。結局、著者はパートナーとともにイラク政府軍がイスラム国(ISIL)から奪還したモースルにジャーナリストとして滞在許可を得ることに成功するが、いつまた状況が変わるか分からない不安定な状態に。

そうした個人的な経験から著者は、同じような、あるいは片方がアメリカ国籍を持っている彼女たちよりさらに悪い状況に置かれ、愛するパートナーとの関係を引き裂かれたたくさんのカップルへの取材をはじめる。アメリカから国外追放された夫を追って子どもとともにメキシコに移住した女性、海外滞在中に国籍のある国が消滅してしまい無国籍になってしまった人や旧植民地の独立により旧宗主国から追い出されることになった人たち、命の危険を感じて中米からアメリカに来て難民申請したけれども離れた収容所に入れられお互い連絡が取れなくなったゲイカップル、トランプのムスリム入国禁止令により再会できなくなった家族など、事情はさまざまだけれど、各国の移民規制が移民や難民を邪魔者扱いし、難民認定や国際結婚による配偶者ヴィザを請求する人たちを「どうせ経済難民だろう」と疑ってかかったり、無国籍者の存在を想定しない構造上の欠陥が明らかに。また、そもそもパスポートを使った出入国管理が第一次世界大戦中に安全保障のために一時的に導入されたものであったことや、アメリカの中国人排斥法にはじまる人種差別的な移民規制、そしてシリア難民に冷たかった欧米がウクライナ難民を進んで受け入れようとする傾向など、人種差別や植民地主義と移民規制との根強い関係も指摘する。

著者のパートナーはほかのいくつもの国から拒絶されたあと、イギリスで難民として認定される。著者はアメリカのパスポートを使ってかれと一緒にイギリスに住み、そこを拠点に中東での取材を繰り返していたが、当局にそれが知られ、早急にヴィザを取得しなければ国外退去させると通告を受ける。パートナーと違い「パスポートのために結婚する」ことに躊躇のなかった彼女は、難民として居住権を得た夫の家族としてイギリスに滞在できるよう結婚することになるが、担当した弁護士からは「アメリカ人が居住権を得るために難民と結婚するのは初めて見た」(普通は逆)と言われる。シリア国籍のパートナーとアメリカ国籍の著者では圧倒的に後者のほうが強者だったはずが、いつのまにか逆転現象が起きていた。で、最終的に法的に結婚して居住権も認められ、これでどこでも旅行できるぞ!と思った途端にコロナウイルス・パンデミックがはじまり国境が別の意味で閉鎖された、というオチまでついている。

国境がこれほど厳しく管理された歴史はそれほど古くなく、国境を自由化することは不可能ではない、と主張するとともに著者は、それより根本的な問題として、欧米がアフリカなど旧植民地から労働力や資源を略奪して利用することで築いた財産をその被害を受けた国に返却し、それによって経済格差や社会資本の格差を是正することこそ「移民問題」を解決する手法だ、と訴える。国境によって愛する人との生活を脅かされている人たちに取材しつつ、婚姻関係を特権化するのでなく、あらゆる人が暴力や極端な貧困にあえぐことなく自分が生まれた土地で生きることもまた別の土地に移住して生きることも自由に選べるべきで、またどこに生きていても家族や愛する人との関係を国境によって引き裂かれるべきではない、という普遍的な訴えに繋げるのが良いと思った。