Angela Garbes著「Essential Labor: Mothering as Social Change」

Essential Labor

Angela Garbes著「Essential Labor: Mothering as Social Change

シアトル在住のフィリピン系アメリカ人ライターによる「マザーリング=ケア」と社会的公正をめぐるエッセイ集。コロナにより注目された「エッセンシャル・ワーク」––社会的地位も高くないし、賃金も低いか無償だったりするけれど、社会を成り立たせるために必要不可欠な労働––の最たるものとして議論されるようになったケア労働。パンデミックにより相互扶助の必要性が逼迫し、リモートワークの導入、学校や託児所などの閉鎖により家族が家に待機するようになり、看護師らが担当する医療現場におけるケアだけでなく、家庭内でも、コミュニティでも、ケア労働の負担がこれまで以上に女性に押し寄せた。

著者は、フィリピンから移民してきた両親とかれらに育てられた自分、そしてその自分が育てている子どもたちの三世代の生き方や価値観の変遷や、その背後にあるスペインやアメリカによる植民地主義、カトリック宣教、フィリピンの国策による「ケア労働移民」輸出などだけでなく、「ケアする身体」である自身の身体性やセクシュアリティなど広い範囲を題材に、ケアの視点からみた社会的公正のあり方を展望する。

シアトルのフィリピン系コミュニティ繋がりで、2017年にThe Atlantic誌に掲載された「My Family’s Slave」という衝撃的な記事がある。これはフィリピン系移民の子どもとしてアメリカで育ったフィリピン系アメリカ人が、一家のための家政婦としてフィリピンから連れてこられた女性が、実質的には自分たち一家の「奴隷」だったのではないか、と訴えかける記事で、当時わたしの周囲の、とくに反人身取引の運動をしているフィリピン系やインド系アメリカ人たちのあいだでかなり気まずい沈黙が感じられたのだけれど、この本ではその件についても少しだけ言及されている。けど歯切れが悪いというか、自分の両親もそういう女性を連れてくるよう言われたけど「自宅に他人がいるのは耐えられない」と母親が拒否した、けれどもフィリピンの親戚の家に行くと家政婦がいるのが当たり前でどう対応していいか迷う、といった感じで、ケア労働と社会的公正についての本であってもこの問題は(とくにフィリピン系コミュニティ以外の人が読むような場では)まだ扱いにくいんだなあと思った。