Ana Elena Correa著「What Happened to Belén: The Unjust Imprisonment That Sparked a Women’s Rights Movement」
流産したことを違法な中絶であると決めつけられ二年以上に渡って投獄された女性と、彼女への支援をきっかけに妊娠中絶合法化を実現させたアルゼンチンのフェミニズム運動についての本。スペイン語からの翻訳。
ベレンという名前で知られるこの女性は、25歳のときに腹痛を訴えて病院に行ったところ、トイレで流産。本人は妊娠していたことすら知らず、体型からも家族をふくめ誰も彼女が妊娠していたとは気づかなかったけれども、病院は即座に警察に通報し、ベレンは子どもを殺した罪で逮捕される。自然流産と中絶を目的として意図的に起こした流産は必ずしも区別できないけれど、ベレンは自分が妊娠していたことを知らなかったというのは信用できるし、意図的に流産しようとしていたならわざわざ病院に行くのもおかしな話。しかも病院は物理的な証拠を保存するでもなく、流産した胎児が発見されたとされる時間が彼女が病院に来た時間より先だったとするような記録の不備もあったのに、公費であてがわれた弁護人は彼女の主張に耳を貸さずに勝手に心神喪失による無罪を主張したかと思えば彼女に「罪を認めろ」と迫る始末。
なにも悪いことをしていないのに病院に行っただけで有罪となり刑務所に入れられたベレンだったけれども、次第に支援の輪が広がり、妊娠中絶合法化やドメスティック・バイオレンス反対などの運動を中心に多くの人たちが彼女の釈放を求める運動を広めていく。彼女が収容されていた刑務所の女性看守たちも、ベレンは刑務所にいるべきではないと考え、門の鍵を開け、彼女に「このゴミを門の外にあるゴミ捨て場まで持っていけ」と、事実上脱獄しろと勧めるような行動を取ったのすごい(彼女は脱獄しても逃げ切れないと判断してゴミを捨てたあと門の中に戻ってきた)。2019年末には妊娠中絶合法化を公約に掲げたアルベルト・フェルナンデスが大統領に就任し、かれはベレンと面会したあと、合法化法案に署名した。
もちろんベレンが投獄される以前からアルゼンチンのフェミニストたちは妊娠中絶合法化を訴えていたし、彼女一人のおかげで運動が生まれたわけではないけれど、彼女の理不尽な投獄がきっかけとなって大手メディアが「中絶」という言葉を使うことすら避けるほど妊娠中絶がタブーとされていたアルゼンチンで大衆運動が広がったのは確か。もちろんジョージ・フロイドがブラック・ライヴズ・マター運動を広めるために望んで殺されたわけではないように、ベレンだって望んで運動のシンボルになったわけではないけれど、社会運動が一気に広まるパターンの一つとして参考になる。
それにしても、非欧米の女性運動についての話ならマーガレット・アトウッドに序文書かせればいいだろ的なアメリカ出版業界のしきたり、どうにかならんのか。