Amanda Jones著「That Librarian: The Fight Against Book Banning in America」
地元図書館の理事会に出席し、公共図書館から人種差別やLGBTコミュニティについて触れた本を撤去しようとする動きに反対する発言をしたことで「グルーマー」「児童性愛者」と決めつけられ迫害を受けたルイジアナ州の小さな街の学校図書室の司書による手記。
著者はルイジアナ州の田舎で周囲の大半の家庭と同じく保守的な両親に育てられた本好きで、子どものころから図書館に通い詰め、図書館司書を志すようになる。しかし地元の図書館では司書の募集は少なく、いったん司書になった人が引退までその地位を続けるのが普通だったため、学校司書の仕事に欠員が出るまで教師となって英語を教えたあと、先任者が引退して晴れて司書の職に就くことになる。
ある日著者は、自分が勤務している学校の図書室ではなく、地域の公共図書館の理事会で、不適切な図書の撤去についての議論が行われることを知る。ちょうど当時、全国的にも人種差別やLGBTコミュニティに触れた図書に対する攻撃が激化していたこともあり、司書として図書の自由を守る必要を感じ、公共図書館理事会の会合に出席し、既存のプロセスに寄らない政治的な図書の検閲を批判した。アメリカの公立図書館や学校図書室ではすでに図書の撤去を求める請求を審議するための仕組みが存在しており、たとえばある図書が特定の年齢の読者にふさわしくないという意見があれば、専門家がその本の内容を吟味して、必要とされた場合には図書館内の別の場所に移動させたりすることになっている。しかし理事の一人は極右運動が拡散していた「不適切図書」のリストを真に受けて、そうしたプロセスを経ずに理事会の権限においてそれらの書籍を撤去しようとしていた。そのリストに掲載されていたのは、大半がLGBTの著者による著作やLGBTの人物が登場する内容の本であり、LGBTの人物が登場するというだけの理由で「ポルノグラフィであり子どもたちに悪影響がある」とされていた。
のちに著者は理事会での発言をもとに右派活動家たちによって「子どもたちを性的にグルーミングして虐待しようとする左翼過激派」として叩かれたが、実際のところ彼女は2016年の大統領選挙でトランプに投票しており保守を自認していた。彼女が考える保守とは自由を尊重し責任を果たすことであり、図書館の蔵書を検閲しようとする極右運動の動きには同調できなかったし、長年教師として子どもたちと触れ合ってきた経験から周囲のホモフォビアやトランスフォビアに悩んで自殺を考える子どもが少なくないことを知り、そういった子どもたちが自分たちの存在を肯定してくれる本を必要としていることも強く認識していた。それに加え、2020年に起きたミネアポリス市警察によるジョージ・フロイド氏の殺害とその後全国に広まったブラック・ライヴズ・マター運動に衝撃を受け、制度的な人種差別に対する考えを大きく変えるとともに、トランプへの支持を取りやめた。
ネットで著者を叩いたのは、「親の権利」を掲げてルイジアナ各地で人種差別やLGBTコミュニティに触れた本やプログラムを排斥する運動を繰り広げていた団体の幹部であり、地元の住人ですらなかった。かれは著者を「子どもにポルノグラフィを見せたりアナルセックスのやり方を教えようとする変態グルーマーで児童性愛者」として宣伝し、学校の図書室から追放すべきだと主張したが、著者が務める学校図書室にはそのような書籍は一冊も置かれていないし、年齢的に不適切な書籍を通常のプロセスを通して取り除くことに著者は一切反対していない。著者のもとには脅迫のメールや電話が多数押し寄せ、著者をデマで貶めるとともに彼女の外見をあれこれ揶揄するコメントが多数ソーシャルメディアに投稿される。著者にとってショックだったのは、小さなコミュニティのなかでお互いに知り合いだった人たちまでそういったデマを信じて拡散し、彼女がそのような人物ではないと知っている親しい人たちも自分が叩かれることを恐れてそれらに反論しようとしなかったこと。
なんとか自分の名誉を回復しようと著者は名誉毀損で裁判を起こしたが、地元の判事がはじめから著者のことをグルーマーと決めつける態度で名誉毀損を証明する機会すら与えず、敗訴してしまう。また訴えられた極右団体幹部は「子どもたちをグルーマーから守る英雄」として自らをプレゼンテーションし資金集めに利用する始末。それでも司書の団体や全国の支援者たち、かつての教え子たち、いまもLGBTコミュニティの一員であることを隠して学校に通っている若い人たちからの感謝と支援の声を受け、新たな裁判を起こしている。ちなみにタイトルの「That Librarian」(あの司書)というのは、著者が名誉毀損裁判を起こしたことを揶揄して、極右活動家たちが「彼女を名指ししたら訴えられるぞ!」と楽しげに内輪で盛り上がるための言葉。
「批判的人種理論」や「グルーミング」「ジェンダー・イデオロギー」、最近では「社会情操学習」といったキーワードを悪用して公教育を攻撃する極右プロパガンダについてはLaura Pappano著「School Moms: Parent Activism, Partisan Politics, and the Battle for Public Education」やMichael Hixenbaugh著「They Came for the Schools: One Town’s Fight over Race and Identity, and the New War for America’s Classrooms」などでも詳しく論じられているが、本書はその標的となった図書館司書がどのような経験をしたのか明らかにしている。著者が主張するとおり、こうした攻撃から教員や司書を守り、民主主義を維持するために不可欠な公教育や公立図書館を防衛する取り組み(たとえば、本書では具体的に触れられていないけれど、Library Freedom Projectなどがある)が必要。