Alice Driver著「Life and Death of the American Worker: The Immigrants Taking on America’s Largest Meatpacking Company」
アーカンソー州の精肉工場で働いている移民労働者たちやその遺族たちに取材を重ねた著者が、巨大食肉産業とそれと結びついた州と連邦の政府がかれらの健康を犠牲にしていることを告発する本。
アーカンソー州在住の著者が取材をはじめたのは、2011年に地元を本拠地とするアメリカ最大手の食肉業者タイソン・フーズの工場で起きた異臭騒ぎがきっかけ。多数の移民労働者がひしめく工場のなかで有毒なガスが発生し、多くの労働者たちが倒れ、また命からがら工場から逃れたが、工場の管理者はかれらに工場内に戻るよう指示し、またすぐ後には次のシフトにやってきた労働者たちに何も告げずにそのまま働かせた。のちに政府が調査したところ、英語の指示書を読めない作業員が間違った薬品を混ぜてしまったことが事故の原因だったが、タイソンは作業員は英語を読める人でありその日たまたまミスをおかしただけだった、と主張した。問題を起こしたのは不注意だった一人の人間であり、指示書を読めない人が危険物を取り扱う作業員として雇われていたわけではない、という言い訳だった。
取材を通して多くの労働者と知り合った著者が知ったのは、工場では多数のお互い意思の疎通ができない移民たちが働いており、事故が日常的に起きている事実だった。流れ作業で肉を切り分けるラインは特に危険で、経営者の方針により生産性を高めるためにスピードを速めた結果指を切り落としてしまう作業員が少なくないほか、高速な反復作業を繰り返すなか手根管症候群にかかる人も多く、長く働くうちに手や指の自由が効かなくなるのが普通。また、減点され解雇されることを恐れて認められているはずの休憩を取れずに、トイレに行けないことで体を壊す人も。体の不調を感じる労働者は工場内にあるクリニックに行くよう指示されるが、労災をもみ消すために労働者が訴える不調は正確に記録されず、工場に設置された自動販売機で市販の鎮痛薬を買うよう看護師に指示されることが多い。
タイソンの工場では、移民といってもアメリカで多いメキシコ人や中南米の移民だけでなく、マーシャル諸島からの環境難民やミャンマーから迫害を逃れて来たカレン人難民なども多く、同じ工場で働く人たちのあいだでもコミュニケーションが難しい。また、ビル・クリントンが州知事だった時代には刑務所に収容された受刑者たちが最低賃金を大きく下回る賃金で雇われるようになり、最近では未成年の子どもたちに「職業経験を得させるため」として危険な工場での労働を認める施策が取られているように、より立場の弱い労働者たちを大勢採用できるように政府が協力している。
かねてから労働運動やヴィーガニズムに関わる人たちのあいだでは知られていた精肉工場における健康被害が一躍注目を集めたのは、2020年に起きたコロナウイルス・パンデミックにおいて、精肉工場が刑務所と並んで最も感染の危険が高い現場だと指摘されるようになってから。もともと感染者がそれほど多くなかったアーカンソー州だが、精肉工場では狭い密閉された空間に多数の労働者たちが詰め込まれ働いており、ソーシャルディスタンスも取られず、またマスクが不足するなか経営者は労働者たちにおのおの布マスクを家で自作するよう奨励しただけ。アメリカ人の多くがリモートワークに移行するなか、工場では「あなたたちがアメリカの食卓を支えている、工場が閉鎖されたら食糧危機が起きる」と労働者たちは言い聞かされ、感染したことが分かった人も症状がないなら出勤しろと要求された結果、多くの移民労働者たちが命を失った。
しかしタイソン・フーズなど食肉業界の働きかけを受けたトランプ政権は、精肉工場を国防生産法に基づいて「基幹インフラ」に指定する大統領令を発令することで、州や自治体が公衆衛生上の理由で工場を閉鎖させることを禁止し、またその結果としてCOVID-19により労働者の健康や命が失われてもかれらを雇っていた企業が責任を問われることがないようにした。のちに分かったことだが、当時世界的に食料品の値段が高騰したこともあり、タイソン・フーズはアメリカの工場で加工生産された食肉の多くをアジア向けの輸出にまわして大きな利益を挙げており、「アメリカの食卓を守る」というのはただの口実だった。
パンデミックをきっかけに精肉工場の危険な労働現場が知られるようになったけれど、アーカンソー州に拠点を持つ大企業であるタイソンといいウォルマートといい、もとはビル・クリントンが州知事だった時代に政府の便宜を受けて大きくなった会社であり、トランプ政権のせいで突然危険になったわけではない。食肉産業が動物の虐待や環境破壊とともに移民や受刑者ら立場の弱い労働者たちの犠牲のうえに成り立っていることは、少し調べればすぐに分かることではあるけど、本書は労働者たちや犠牲となった人たちの遺族に取材を重ねることでかれらの視点からの貴重な証言が記録されていて、とても重要な本だと思った。