Alexander Stoffel著「Eros and Empire: The Transnational Struggle for Sexual Freedom in the United States」
20世紀後半に起きたアメリカのゲイ&レズビアンやその他のクィアたちによるエロスの政治の歴史を、資本主義国家と共産主義国家のあいだの冷戦および植民地独立からの新植民地主義的な国際体制の樹立といった国際政治の文脈から読み直す意欲作。なかでも1960年代以降のゲイ解放運動、1970年代に黒人のレズビアンたちを中心として生まれた「第三世界フェミニズム」の運動、そしてHIV/AIDS危機に対抗して起きたACT-UPなどのエイズ運動の三つを特に取り上げ、それらが掲げるエロスの政治がアメリカ帝国主義にどう抵抗し、また意図しないまま加担したか、マルクス主義的な分析をもとに語られる。
がっつり学術的な内容でとても全体像を紹介しきれないのだけれど、それぞれの運動について国際政治の文脈からあまり知られていない、あるいは現代のクィア・コミュニティやクィアたちの運動で主流の考えかたとの乖離が大きい不都合な事実、たとえばブラック・ナショナリズムに影響を受けて広がったゲイ・ナショナリズムの運動がイスラエル国家のシオニズムをお手本としていたことや、オードリ・ロードら現在でも人気のある黒人レズビアン作家・活動家・思想家たちが反ポルノや反SMの主張をしていたこと、ラディカルなエイズ運動の中にはラリー・クレーマーらゲイたちに奔放なセックスをやめるよう呼びかける反エロス的な声があったことなどを指摘し、美化するにせよ過去のものと切り捨てるにせよ現在の多くのクィアたちが抱いているノスタルジックで一面的な見方の更新を迫る。
クィア理論やマルクス主義のスタンダードな記述でも、それらがどのような国際情勢によって形作られているのか指摘しつつ、従来の解釈を乱し複雑化させるような要素を放り込んでくる。みたいなんだけど、わたしクィア理論は分かるけどマルクス主義については知識不足なので「なんかおもしろいことやっている感出してる」しかわかりませんですごめんなさい。時代や社会的状況によって規定されるなか、クィアたちがどのようにしてエロスを通して世界と関わり、それを作り変えていこうとしたのか、そこでどのようにして矛盾や対立が生じ、どのように記憶されてきたのか、考えさせる内容。