Margaret Juhae Lee著「Starry Field: A Memoir of Lost History」

Starry Field

Margaret Juhae Lee著「Starry Field: A Memoir of Lost History

アメリカ・ヒューストンで生まれ育った韓国系アメリカ人ジャーナリストの著者が、自身が生まれるはるか昔に亡くなり、一家でタブーとされているかのようになんの逸話も聞かされていなかった祖父について興味を抱き、祖母への聞き取りや韓国での取材を続けた結果、抗日運動において指導的な役割を果たした祖父と、一家を守るためかれの蔵書を焼き払い記憶を秘めたまま生きてきた祖母について知ることになる本。

本書を読み進めると分かるのだけれど、祖父は日本の植民地支配下にあった朝鮮半島で三・一運動をはじめとする抗日運動で指導的立場にあった民族的英雄だった。マルクス主義の本など欧米の書籍を読み漁り、朝鮮共産党のメンバーであったが、政治犯として日本政府による逮捕・投獄を経験したのち、若くして亡くなった。日本の敗北後、朝鮮戦争が起きたが、南北どちらが勝利するか不透明ななか、祖母は夫が集めた書籍や書き残した原稿など全てを焼き払い、夫が抗日運動で果たした役割を徹底的に隠すことにした。もし共産側が勝てば夫が英雄として認められ一家は良い扱いを受けるかもしれないが、国連(アメリカ)側が勝てば共産党員の家族として迫害を受ける可能性があり、祖母は一家を守るためそのリスクを避けて全てを自分の胸の内側に押し込めた。

そういう家庭で育った著者の父は、運よくアメリカの援助団体の現地職員として採用され、それを通してアメリカへの留学、そして医学研究者として移住する機会を得る。さらにサバティカルを利用して国連のプログラムの一員として韓国の大学に招聘され、その終了後も韓国の大学に残ることを考えるも、当時の韓国はまだ軍事独裁時代。政治的状況をよく分からず民主化活動家と関わってしまったために政府から監視を受けるなどして不安になったためアメリカに戻ることになったが、仮に韓国の大学に移籍しようとしたところで政府が家族関係を詳しく調べれば父親(著者の祖父)が共産党員だったことが分かり採用が中止されたはずなので、アメリカの大学を辞めなくて良かった。

おかげで著者はヒューストンで生まれ育つことになるのだけれど、白人たちのなかで孤立し、頻繁に「あなたはどこから来たの?」と悪気なく聞かれ(生まれも育ちもヒューストンです、と言っても納得してもらえない)、そして家族もどこか不自然に、なんらかの秘密を守っている様子。ジャーナリストとなった著者が自身の家族の秘密を決意したのは、韓国が民主化され自由な研究が可能になったと同時に、祖母や祖父のかつての同志たちがぎりぎり存命だったというタイミング。祖父についてとくに詳細な資料は、皮肉にも日本の朝鮮総督府が残した尋問記録で、しかもそれは政府機関で保存されていたものではなく——第二次大戦後の韓国で台頭した財閥や軍の有力者の多くが植民地時代は日本の協力者であったことから、戦時中の資料はかれらに都合の悪いものとされ、保存されなかった——盗難されたかどうだかして怪しげな業者に流出したものだった。その後祖父は、死後60年以上たち、民主化運動出身の金泳三が大統領となった1990年代に国家の英雄として表彰された。

植民地支配と圧政のもと独立と民族自決のために立ち上がった祖父もすごいし、家族を守るために祖父の功績を消し去り秘密を守ってきた祖母もすごい。植民地支配から南北分断、軍事独裁を経て民主化という激動の歴史のなかで忘れ去られた人たち、忘れ去ることで生き延びてきた人たちの記憶を、孫が生き延びた祖母の話を聞き出しつつ再び呼び起こすすごい本。震えるくらいやべえ。