Steven Levitsky & Daniel Ziblatt著「Tyranny of the Minority: Why American Democracy Reached the Breaking Point」

Tyranny of the Minority

Steven Levitsky & Daniel Ziblatt著「Tyranny of the Minority: Why American Democracy Reached the Breaking Point

トランプ政権の初期に書かれた「How Democracies Die」で歴史上の事例を挙げながら「民主主義の死」の危険を警告した政治学者らが、それでもさすがに当時は想像すらしていなかったトランプ支持派による2021年1月のクーデター未遂やその後の共和党がトランプと決別できていない事態を受けて新たに書いた本。

本書には大きく二つのテーマがある。第一は、民主主義が全体主義や権威主義の脅威にさらされたとき、そうした脅威に抗って存続するためには何が必要かという議論。前著に続き多数の実例を挙げながら著者らが主張するのは、民主主義を守るためには民主主義を支持するあらゆる政治勢力が選挙結果を受け入れ、政治的暴力を否定し、民主主義を否定する勢力と決定的に敵対しなければいけない。ここで重要なのは第三の条件。民主主義が崩壊した過去の例では、民主主義を支持する素振りを見せ自らは民主主義を逸脱した行動を取らないが、そうした行動を取る勢力を利用したり黙認した大勢の人たちがいた。暴力的に民主主義を否定しようとする勢力は多くの場合かれら自身ではそれを実現する能力を持たないが、主要な政治勢力がかれらを許容し擁護することでその目的は実現に近づく。現代アメリカにおける共和党がトランプによる民主主義からの明白な逸脱を否定できずにいる事実は、アメリカの民主主義が依然として危険な水準にあることを示している。

本書の主題である第二のテーマは、どうしてアメリカの共和党はそのような状況に陥ってしまっているのか、という問題だ。2008年・2012年の大統領選挙でバラック・オバマに連敗した共和党は、党全国委員会が主導して敗北の理由を検証し、俗に「検死報告」を呼ばれる報告書を発表した(このときの委員会の一員であるTim Millerが書いた「Why We Did It: A Travelogue from the Republican Road to Hell」に詳しい)。その結論は、共和党は「齢をとった白人男性だけの党」になってしまっており世代交代やアメリカ社会の多様化が進むなかこのままでは党には未来がないとして、黒人やラティーノなど非白人や女性、若者たちにアピールする政党になるべく教条的な反移民主義や反同性愛主義、反中絶といったイデオロギーを克服すべきだというものだった。

著者らが指摘するとおり、選挙で勝てなくなった政党がその選挙結果を受け入れ、どうして勝てないのか検証したうえで有権者とのあいだに生まれた溝を埋めるべく軌道修正するというのは、民主主義における政党のあるべき姿だ。民主党も1970年代から1980年代にかけてウォーターゲートでニクソン大統領が辞任に追い込まれた直後の1976年をのぞいて一度も勝てない状態に陥ったとき軌道修正し、クリントンやゴアといった中道派の新たなリーダーが台頭した。しかし2016年の大統領選挙において共和党は逆にトランプという反民主主義的な候補を当選させてしまい、しかもかれによる逸脱を最後の最後まで容認してしまった。その先に未来がないことは分かっていたというのに。

本来なら有権者の支持を回復させるために軌道修正するはずの共和党がそれをしないのは、アメリカの民主主義に特に顕著な反民主主義的な制度の数々が理由だと著者らは指摘する。それは2000年代に入って二度も投票数の少ない候補を大統領に当選させてしまった(ブッシュ2000年、トランプ2016年)選挙人制度や、人口に関わらず同じ数の上院議員を各州が選出できる二院制、その上院において過半数の議員が支持していても六割が採決の実行に賛成しないと法律が成立しない謎のフィリバスタールール、また死票が多く恣意的なジェリマンダーによって支持の少ない党が多数の議席を獲得できる小選挙区制などだ。

これらの制度の多くは、アメリカが世界初の近代的な共和制国家を設立するなかでさまざまな妥協によって生み出されたものだ。とくに建国当初は、連邦国家を作るにあたって発言権を失うことを恐れた人口の少ない州や、奴隷制存続の保証を求めた南部諸州の要求により、それらの州にとって有利な選挙制度となった。しかし当時は政党が存在せず、また政党が生まれてからもしばらくはそういった歪な選挙制度は特定の党に有利・不利ということはなかったが、近年民主党と共和党の支持層が人口が密集し多様な人たちが住む都市部と人口が少なく白人が多い田舎といった形ではっきりと分離した結果、これらの制度はことごとく共和党が少数の支持で多数の議席や権力を維持することを可能にしてしまった。他国にもこうした反民主主義的な制度はあるけれど、多くの国でそうした制度は見直され民主化が進められている一方、アメリカでは「建国の父たち」が作った制度を絶対視する人が多く、また憲法改正が他国により困難なこともあり温存されている。

民主主義には多数派による政権運営と少数派の権利擁護の両輪が必要だが、アメリカの政治は少数派である共和党が優遇されすぎた結果、民主党は政権を取っても法律をまったく通せなくなってしまっている。その一方で共和党は、ふたたび有権者の多数の支持を得られるように軌道修正するのではなく、各州で選挙制度を改悪し、非白人や低所得層・学生を含む若者ら、民主党を支持している割合が高い人たちから投票する機会を奪っている

共和党が有権者の支持を得られるようなまっとうな努力をするように促すためにも、そうした反民主主義的な制度は改革するべきだ、として著者らは必要な改革を列挙するけど、それらの実現がほぼ不可能なのはかれらも分かっている。しかし仮にいま時点では実現の見込みがゼロであっても、それが政治的な課題として人々の意識に上がらなければ永遠にゼロのままだから、とにかく議論をはじめるべきだ、というのが著者の主張らしい。まあそれはそうだけど、むなしいよなあ。