Andrew L. Seidel著「American Crusade: How the Supreme Court Is Weaponizing Religious Freedom」

American Crusade

Andrew L. Seidel著「American Crusade: How the Supreme Court Is Weaponizing Religious Freedom

近年の最高裁がいかにして「信仰の自由」を口実としながら実際にはキリスト教の特権的な立場を強化し、その他の宗教の人たちの自由や権利を侵害しているか力説する本。

アメリカ憲法が保証する信仰の自由とは具体的になにを指すのか。アメリカの歴史の大部分において、黒人奴隷や先住民の信仰に対する迫害など実態はともかく、法律の理屈としては歴代の裁判所は常識的な判断をくだしてきた。それはまず第一に、内心の自由はどんなものであれ無条件に尊重される。第二に、内心を行動に移す自由は必ずしも尊重されず、それが仮に信仰に基づいていたとしても第三者の権利を侵害する行動は許容されない。第三に、個人の信仰を広めたり他人に押し付けるために政府の権力を使ってはいけない。

極端な例をあげれば、神様から自分の子どもを犠牲に捧げるよう言われた、として子どもに加害するケースがある。実際、聖書を読めば神様が信者に自らの子どもの命を捧げるよう命じるエピソードはいくつもあるし、信仰としてはありえない話ではないのだけれど、子どもの権利を侵害している以上、いくら本心からそれを信じていたとしても第二のルールによってそれが社会的に許容されないのは明白だ。また、国教を掲げるイギリスなどへの反発から植民・独立した(と神話化されている)アメリカの歴史的経緯から、アメリカ憲法では政府による国教の指定や特定の宗教への支援が禁止されており、教会や宗教系の学校などへの税金からの支出や公的施設に宗教的なシンボルを掲げることなどが違憲とされてきた。

しかしロバーツ裁判長の任命いらい保守化というよりは原理主義化が進んだ近年の最高裁は、こうした歴史的な判例を覆し、政府と宗教の垣根を取り払おうとする判決が相次いでいる。それがたとえば経営者の信仰を理由に労働者に提供される健康保険から避妊を除外しても良いとするBurwell v. Hobby Lobby Stores, Inc. (2014)や同性カップルの結婚式のためのケーキを売ることを拒否したケーキ屋さんのMasterpiece Cakeshop v. Colorado Civil Rights Commission (2018)だ。前者では経営者の信仰が労働者に、後者ではケーキ屋主人の信仰が客に押し付けられ、後者の権利が侵害されているが、最高裁は逆に避妊具を健康保険に含めた法律や同性愛者に対する差別を禁じた法律のほうが経営者の信仰の自由を侵害している、と判断した。

教会への公金の支出についても、Jack Schneider & Jennifer Berkshire著「A Wolf at the Schoolhouse Door: The Dismantling of Public Education and the Future of School」やJ. Russell Hawkins著「The Bible Told Them So: How Southern Evangelicals Fought to Preserve White Supremacy」でも紹介されているように、もともと公教育における人種隔離撤廃への反発から広まった公立学校への攻撃の延長線上に、バウチャーの支給や宗教系学校への寄付の全額を税控除する政策などを通して本来なら禁じられているはずの宗教的学校への公的資金による援助が広められている。

本書ではほかにも多数の近年の判例が紹介されているが、それらが指ししめしているのは、キリスト教ナショナリストたちが自分たちを迫害された被害者であると規定し、宗教的な理由さえあればどのような法律や決まりであっても従う必要はない、という論理が最高裁に受け入れられるようになったという現状だ。たとえば最近ではコロナウイルスパンデミックによるロックダウンによりコンサートや映画館とならび教会であっても室内で大勢の人たちが集まることが禁止されると、信仰の自由に対する侵害であるという裁判が起こされ、最高裁によってその訴えが認められた。公的施設でマスク着用を義務付ける規則でさえ「神様はわたしたちを神様自身の姿に作られたのだから、マスクによってその姿を隠すことは信仰の自由に対する侵害である」として裁判になった。

その一方で、最高裁判事たちを含むキリスト教ナショナリストたちは、キリスト教以外の宗教を信仰する人たちの「信仰の自由」には冷淡だ。その極端な例がトランプ大統領の「ムスリム移民入国禁止令」に対する保守派判事たちの意見で、あれだけトランプ本人がムスリムの入国を禁止するためのものだと繰り返したのに「大統領令の背後に宗教差別の意図が存在するかどうか判断すべきではない」として合憲の判断をした。ケーキ屋の裁判では、明らかにケーキ屋が差別的な意図から法律に違反したことを認めながら、かれらの違法行為を処罰したコロラド州人権委員会の委員の一人の発言に「ケーキ屋経営者の信仰に対する偏見が見られる」という理由で同じ判事たちがケーキ屋の訴えを認めたにも関わらずだ。また、公金がキリスト教系の学校に助成金として渡ることを肯定しながら、イスラム系の学校に対する助成についてはかれらは断固反対している。

キリスト教ナショナリズムにとりこまれ昨年は妊娠中絶の権利を破棄した最高裁は、これからもキリスト教の特権を拡大しそれ以外の人たちの権利を侵害する判決を連発することが予想される。過去の判例や法的伝統、憲法的価値観を失った現在の最高裁を立て直すには、判事を増やしてリベラルと保守のバランスを取り戻すしかない、と著者は結論づけているのだけれど、それが政治的に実現困難なことも認めている様子。まあ、今後数十年、あるいは参政権に対するさらなる攻撃を許してしまえばそれ以上のあいだに渡ってとっくにマジョリティではなくなっているキリスト教ナショナリズムの独裁を防ぐにはほんとにそれしかないんだけど、わたしも実現するとは思えないでいる。