Philip S. Gorski & Samuel L. Perry著「The Flag and the Cross: White Christian Nationalism and the Threat to American Democracy」

The Flag and the Cross

Philip S. Gorski & Samuel L. Perry著「The Flag and the Cross: White Christian Nationalism and the Threat to American Democracy

トランプを熱烈に支持し2021年1月の連邦議事堂占拠事件を起こした人たちが信奉する白人キリスト教ナショナリズムについての本。ここで言うキリスト教ナショナリズムというのは「アメリカの独立宣言や憲法は神の意思に沿って書かれている」「アメリカの成功は神の計画の一部だ」「連邦政府はアメリカはキリスト教の国だと宣言すべきだ」「連邦政府はキリスト教の価値観を広めるべきだ」といった、アメリカという国家は「設立された時から一貫してキリスト教の神に選ばれた特別な国であり、そのようにあり続けるべきだ」というストーリーを受け入れる立場。

著者らの研究によると、キリスト教ナショナリズムに共感する人たちには、白人だけでなく黒人やラティーノにもいるし、必ずしもキリスト教の熱心な信者というわけでもない、というよりほとんど教会に行かない人も多い。また政治的に保守の人や教会に熱心に通っているキリスト教徒にもキリスト教ナショナリズムを支持しない人は多く、これらのことはキリスト教ナショナリズムが宗教的なアイデンティティではなく政治的なアイデンティティだという事実を示している。どう見ても敬虔なキリスト教信者には見えないトランプが白人キリスト教ナショナリズムの信奉者たちから絶大な支持を得ており、文句なく敬虔なキリスト教信者であることがよく知られているペンス副大統領よりトランプの肩を持つのもそれに同じ。

著者らが特に「白人」キリスト教ナショナリズムを民主主義への脅威として名指しするのは、キリスト教ナショナリズムへの支持を表明する白人たちは上の考えに加え、マイノリティは特権を与えられており白人より優遇されているとか、キリスト教徒は迫害されている、科学者や専門家は信用できない、選挙制度は不正に甘すぎる、といった被害意識と偏った権威への傾倒という点で、白人以外のキリスト教ナショナリズム支持者たちとは明らかに異なる傾向を見せているからだ。また、キリスト教ナショナリズムを支持する白人たちは「小さな政府、減税、再分配反対」というリバタリアン的な経済政策を支持しているが、白人以外のキリスト教ナショナリズム支持者は必ずしもそうではない。これらの主張に加え、キリスト教ナショナリズムを支持する白人はアメリカの歴史や憲法についてほかの人たちより間違った認識を多く抱えており、こうした全ての傾向はキリスト教ナショナリズムへの共感が強ければ強いほど(白人のあいだでは)激しくなる。

著者らはこうしたキリスト教ナショナリズムの源流がアメリカ合衆国建設の時期から存在することを指摘しつつも、当時からほかにもさまざまな考え方が同時にあったことにも触れつつ、その歴史をたどる。白人キリスト教ナショナリズムの支持者たちは妊娠中絶を合法化した1972年のRoe v. Wade判決によってキリスト教的な価値観と政治が結びついたと言うことが多いが、Emily Joy Allison著「#ChurchToo: How Purity Culture Upholds Abuse and How to Find Healing」でも書かれていたようにこれは歴史的に正しくない。アメリカのプロテスタント教会が妊娠中絶反対の立場で政治的な介入を強めたのは1970年代末からのことで、Roe当時は妊娠中絶や性的モラルの問題はかれらが見下し差別していたカトリックの考えだとされていた。Allisonと同じくこの本の著者も、白人キリスト教ナショナリズムが政治的に目覚めたのはRoeではなく人種隔離の撤廃と人種平等を推進した公民権運動への反発としてだと指摘する。

白人キリスト教ナショナリズムはアメリカという国を「キリスト教の国」というだけでなく「白人の国」とみなしており、白人による支配が安泰なうちは寛容でいられるものの、白人の地位がおびやかされていると感じたときには激しい暴力を発動する。奴隷制廃止を求める声が高まったとき、中国系や日系や中南米系の移民が増えたとき、オバマが大統領になったとき、そして近い将来人口に占める白人の割合が五割を下回ることが予想されている現在もそういう時期だ。Anthony J. Badger著「Why White Liberals Fail: Race and Southern Politics from FDR to Trump」にも書かれているとおり、かれらは白人が今後もアメリカを支配し続けるためには全ての人に平等な権利がある選挙制度を差し止める必要があると気づいており、そのために全国各地で黒人やその他のマイノリティから参政権を奪うような制度改変を進めている。

現在も進行中の下院1/6専門委員会の調査で次々と明らかになっているのは、トランプによる選挙結果をひっくり返すための試みが失敗したのはほんとうに幸運だったという事実だ。トランプの弾劾に賛成した共和党議員は少数に終わったけれども、ペンス副大統領をはじめ多くの連邦政治家たちや、各州の選挙運営責任者たち、共和党の大統領によって指名された人たちを含む多くの判事たちが、肝心なところでトランプの行動にブレーキをかけ、なんとかバイデン大統領への権力移行を成し遂げることができた。しかしトランプをはじめとする白人キリスト教ナショナリストたちはその経験から学び、さらに多くの「トランプ勝利以外の選挙結果を受け入れない」議員たちを送り込むとともに、各州で法律を変えてマイノリティの政治参加を妨害したり、選挙運営を中立な組織から政治が関与できるものに置き換えようとしている。次の大統領選挙もおそらくほんのいくつかの州の結果で当選者が決まるような接戦になることが予想されており、そういう状況で次こそはトランプやその仲間たちが民主主義の転覆に成功する可能性は低くない。

アメリカの民主主義を脅かしているのは「保守派」でもなければ「宗教右派」ですらなく、アメリカは「キリスト教に基づいた白人の国」であり「非白人や移民や社会主義者によって白人やキリスト教徒が迫害されている」と信じる白人キリスト教ナショナリストである、と著者らは断言する。2024年大統領選挙でトランプが選挙結果を強引にひっくり返して権力掌握、トランプの死後はトランプの子どもの誰かに権力が受け継がれ、そうした体制がしばらく続くうちに国は分裂して内戦へ––という著者らが懸念するシナリオはちょっと言い過ぎな気もするけど、アメリカの民主主義がどれだけ危険な状況なのか改めて痛感した。