Steve Grove著「How I Found Myself in the Midwest: A Memoir of Reinvention」

How I Found Myself in the Midwest

Steve Grove著「How I Found Myself in the Midwest: A Memoir of Reinvention

ミネソタの田舎育ちだったけれどシリコンバレーで成功してグーグルの幹部に成り上がった著者が、自分が育ったのと同じような環境で子どもを育てたいと思いパートナーとともにミネソタに帰還、ビジネスの経験を買われてウォルツ知事(2024年民主党副大統領候補)に招かれ政府の仕事をはじめたら、コロナウイルス・パンデミックが起きたり州の最大都市ミネアポリスで警察によるジョージ・フロイド氏殺害事件が起きたりした、大変な経験を綴った本。

ミネソタは中西部にありながら周囲の州とくらべて王道的なリベラルの政治文化が根付いており、田舎の農民と都市部の労働者という利害が対立しがちな勢力の連合体である農民労働党がかつて第三政党として力を持っていた(現在では民主党に合流して、民主農民労働党となっている)。もともと祖国にいたときから社会主義者だったスカンジナビア系の移民が(おそらく気候的な理由で)多く移住してきた地域でもあり、再分配政策に対する支持が高いいっぽう、人種間格差は他の州より大きいという問題も。ジョージ・フロイド氏殺害事件のあとミネアポリスで警察署が焼かれるなど大きな騒動となったのはそういったところにも原因があった。

当初はミネソタに移住したあともリモートワークでグーグルに勤務していた著者だが、地元経営者たちとのつながりを通してウォルツ知事に誘われ、政府のビジネス推進部署のトップに立つことに。ものすごいスピードで決定が下されるシリコンバレーに比べ、ミネソタ州政府は官僚的でなにをやるにも面倒な手続きが多かったり、違法行為や不正を行わないというだけでなく「不正を行っているという疑いすら抱かせない」ことを重視する組織の文化によって足を引っ張られ苦労するも、コロナウイルス・パンデミックの発生によりそうも言っていられなくなる。人々の命を守るために、不十分な情報をもとにロックダウンの決定を迅速に下さなければいけないけれど、それをすると州内のビジネスは大打撃を受けるから、当然反発も起きる。また著者の部署はパンデミックによって職を失った人に対する失職手当も担当していたが、前例のないほど失業者が増え受け付けはパンク、このままでは路頭に迷うと訴える人たちの批判も一斉に浴びる。

そこにさらに重なったのが、ミネアポリスで起きたジョージ・フロイド氏の殺害事件。人々の怒りは爆発し、警察署が焼き討ちにされただけでなく多くの商店が被害を受けたが、著者が率いる部署はそうした地元の中小企業に対する支援や補償も行わなければいけない。政府の仕事を引き受けたときには、グーグルで働いていた経験をもとに地元に多いバイオテックや医療系ベンチャーを支援しようとしていた著者は、いきなり二つの大きな危機の中心に自分が立たされていることに気づく。ロックダウンやマスク着用義務、ワクチン接種推奨政策などに反対する右派からは叩かれ、身の危険も感じるほどに。それでも州民のために頑張ったよ、というのが本書のストーリーなんだけれど、さすがに疲れ切ったのか最後は民間企業に転職して終わり。

でもこれ、さりげなく自分の有能さを誇示するだけでなく、ミネソタ州民のプライドをくすぐる話が多くて、こいつウォルツの次の州知事選出馬とか狙ってない?という気も。ウォルツは政治家らしからぬフランクさが人気の元だけど、この人はやっぱりどうしてもシリコンバレーの人という印象が強いしどうだろう。