Tariq Trotter著「The Upcycled Self: A Memoir on the Art of Becoming Who We Are」

The Upcycled Self

Tariq Trotter著「The Upcycled Self: A Memoir on the Art of Becoming Who We Are

Black Thoughtのパフォーマー名で知られる伝説的な(しかもまだ現役)ヒップホップバンドThe RootsのMCが幼少期から青年時代までを語る自叙伝。

イタリア系やアジア系、黒人などが住む貧しいフィラデルフィア南部でネーション・オブ・イスラム信者の両親のもとに生まれた著者は、しかし幼いころ父親が殺害され、6歳のときには一人で遊んでいて不注意で火事を起こして家を全焼させてしまうなど多くの悲劇を経験。ストリートではさまざまな人種のギャングが抗争を繰り広げるなか、著者はグラフィティ・アートやヒップホップ音楽にのめり込んでいく。のちにThe Rootsを組んだQuestloveとはアート系の高校で出会い、お金を貯めてスタジオを借りてはじめてちゃんとした音源をテープに録音する。

さらなる悲劇が起きたのは80年代に入ってクラック・コカインが大流行してから。まだ子どもだった著者は、周囲の大人たちがクラックへの依存症に飲み込まれていくのを目の当たりにする。小遣い稼ぎのつもりでクラックの密売をはじめてみるも、良心的すぎというか商売が下手過ぎて儲からなかった著者だが、そのうちかれを育ててくれた母親もクラック依存を発症し、家に戻らなくなることもしばしば。著者は母親を探して街に繰り出すも、あるときクラックを買うお金を稼ぐために露出の多い服装をしてストリートで売春をしている母親を見かける。どう接して良いか分からないと困惑しているうちに彼女は行方不明になり、凄惨な暴行を受けた殺人事件被害者の遺体として彼女は発見される。

本書は幼少期から青年期にかけてさまざまな悲劇を経験しながら、フィラデルフィアが誇る黒人運動の歴史やストリート・アートや音楽に救いを求めてきた著者が、ものごとはなるようにしかならないという諦観とともに、壊れかけた自分の欠片をかき集めて新しい自分としてアップサイクルしてきた生き様について語っている内容。結婚して5人の子どもがいる現在から過去を振り返っている以外は本書の内容は青年期までで終わっており、The Rootsのキャリアで言うとまだフィラデルフィアで人気を得だした頃までの話しか書かれていない。当初思っていた内容とはだいぶ違うけど、これはこれで読んで良かったと思った。