Slavoj Žižek著「Heaven in Disorder」

Heaven in Disorder

Slavoj Žižek著「Heaven in Disorder

ヤバいスロヴェニア人哲学者スラヴォイ・ジジェクの新著。コロナウイルスパンデミックが起きた2020年を中心に、2021年1月の連邦議事堂占拠事件までのさまざまな世界中の出来事に対して政治・哲学・精神分析・ポップカルチャーを縦断しつつ批評するジェットコースターとお化け屋敷が合わさったようなエッセイ本。つまりいつものジジェク節。著者は既にコロナウイルスパンデミックについて「Pandemic!」「Pandemic! 2」という2冊の本を出していて、相変わらずの速筆。

既存の政治勢力、とくに左翼が内部に抱えている矛盾を指摘させたらジジェクは最強なのだけれど、かれ自身の文章もあちこちへと軽やかに立場を入れ替わる両義性に満ちていて、最後のエッセイで「戦時共産主義による経済統制しかありえない」という結論を持ってくるあたりも、かれのアジテーションの才能がすごい。ほんとうにジェットコースターに乗っているように、すごいスピードであちこちの方向に吹き飛ばされそうになる読書感は、それまで当たり前に思っていたこと(ジジェクがイデオロギーと特に呼ぶもの)を考え直させられるので、わたしは好き。

フェミニズムに対する矮小化や嫌味っぽい記述も普段通りでそのあたりは不快なんだけど、それよりこの本で気になるのは、ブラック・ライヴス・マター運動についての記述がほとんどないことだ。わたしが気づいた限り、わずかに言及されているのは、トランプによるBLMに対する攻撃についての記述と、単に反人種差別運動という意味で軽く使われているだけ。2020年を中心としてコロナ禍における社会的な騒乱や運動として反マスク運動や連邦議事堂占拠事件について触れているのに、アメリカだけでなく世界各地でデモが起きたBLM運動について一切触れていないのは不思議。さらにヨーロッパや米国だけでなくアジア・中東・中南米で起きたさまざまな政治的な動きについて取り上げているのに、アラブ圏を除いたアフリカについての言及は一切なく、ジジェクが住んでいる地球にはまるで黒人や黒人による社会運動が存在しないかのよう。まあ下手に取り上げても変なことを書きそうなので取り上げないほうが良いような気もするけど、ポリコレを気にして遠慮するような人ではないはずなのにこの明らかな欠落は気になった。