Patrisse Cullors著「An Abolitionist’s Handbook: 12 Steps to Changing Yourself and the World」

An Abolitionist's Handbook

Patrisse Cullors著「An Abolitionist’s Handbook: 12 Steps to Changing Yourself and the World

ブラック・ライヴス・マター運動創始者の一人であり回顧録「When They Call You a Terrorist」がベストセラーになった著者による、刑事司法廃止論者のためのハンドブック。「勇気ある対話」「反応するのではなく応答する」にはじまる12のステップで著者が力説するのは、警察や刑務所を廃止する、それらを必要としないような社会を作る、というのは、制度を変えるだけではなく、わたしたちが周囲の人たちとの関わり方を変えなければいけない、という話。具体的な政策や改革の話より人々のあいだの関係性やリスペクト・責任という話が多いので、政策論を期待していた読者がいたとしたら肩透かしに感じるかも。そういった議論が読みたい人にはDerecka Purnell著「Becoming Abolitionists: Police, Protest, and the Pursuit of Freedom」がお勧め。

難しい対話から逃げずお互いに責任を果たすことの重要性を説くなかで気になるのは、彼女が代表を務めていたBlack Lives Matter Global Networkが集めた多額の運動資金をめぐる不明瞭さをはじめとした地方のBLMグループからの批判に対して未だに十分に説明が行われているとは思えず、この本でも応答されていないことだ。もっとも彼女に対しては右翼メディアから陰謀論じみた誹謗中傷が向けられていて、家族の住所がネットに暴露されて殺害予告を受けたりもしているなか、同じ運動の仲間からのまともな(あるいは仮に誤解に基づいていたとしても悪意のない)批判を選り分けて真摯に応答する、というのも大変だと思うけど、右翼による批判については内容をきちんと記述したうえでそれが間違いに基づいた人種差別的な攻撃であることを批判するのに対して、運動内部からの批判については歯切れが悪い。

たとえば、ある地方に講演に呼ばれたのだが地元のBLMグループが反対したので講演を辞退した、という記述では、自分に対話を求めずにいきなりキャンセルしようとした人たちも悪いし、辞退しただけでかれらに対話を求めなかった自分も悪かった、と、一見反省しているようでありながら、もともとの批判が何であったのかは一切明かされていない。また終盤で、各地のBLMグループの一部がBLMGNを批判する声明を出した際に、苦しかった自分を支えてくれる人がいた、とも書いているが、その批判声明の内容については触れていない。彼女は自分が他の活動家から受けた攻撃を、犯罪を犯した人に対する刑事司法の対応になぞらえて「キャンセルカルチャー」批判に結びつけており、この場合に限って言えば同意できなくもないのだけれど、「キャンセルカルチャー」という言葉が右翼メディアだけでなく主流派メディアでも性差別・性暴力や人種差別の告発を叩く文脈で多用されていることを考えると、安易に思える。

このような問題はあっても、わたしたちの誰も完璧ではないし、周囲の人たちとこのような関係性を目指すべきだとわかっていてもなかなかうまくいかないというのは、ほかでもない著者自身が繰り返し語っていることだ。自分はこういう間違いをした、と語ることで、意識的か無意識的かはわからないけど、それより大きな自分の間違いを隠そうとする、というのもありがちで、仮にそうであったとしても彼女が悪人だということにはならない。BLMGNが運動内部からも批判されるようになったのは、2020年のジョージ・フロイド氏殺害事件をきっかけとして、そもそもリーダーシップを分散化させた運動を目指していた団体に突然巨額の寄付金が集中的に集まってきて団体のキャパシティを大きく超えてしまったという要因が大きいと思うのだけれど、その後始末をどうするか、そこに著者がどういう役割を果たすか、というのが今後の運動のために大切になりそう。