Slavoj Žižek著「Too Late to Awaken: What Lies Ahead When There is No Future?」
ヤバ系哲学者スラヴォイ・ジジェクの新作。タイトルは、だいたい危機的な状況ってのはそれが起きてから分かって、あとからそれが必然的に見えてくるものだから、気付いたときにはもう手遅れなんだよ、というところからはじめて、どう手を打つべきなのか論じる。
前著「Heaven in Disorder」が2020年のコロナウイルス・パンデミックや大統領選挙とその後について書かれているのに対し、本書はロシアによるウクライナ侵攻についての記述が中心。ロシアの脅威はウクライナだけでなくモルドヴァやバルト三国、フィンランド、さらにはコソヴォやボスニア・ヘルツェゴヴィナにも及び、ジジェクの祖国スロヴェニアにとっても他人事ではないこともあり、欧米の反戦運動がロシアのプロパガンダを宣伝してしまっていることを批判し、ロシアとの対決は不可避だと論じる。と同時に、欧米がイスラエルのパレスチナ占領を放置するなど白人国家のウクライナだけ特別視していることが大義を傷つけていることも指摘している(2023年11月発売の本書が書かれた当時はまだイスラエルによるガザ攻撃は激化していなかったと思われる)。
ウクライナ支援に反対する反戦派だけでなく欧米の進歩派、とくにフェミニストへの文句はいつも通りで、進歩派はそこら中にすぐ性差別や人種差別を発見してばかりだとか、フェミニストはどうしてジュリアン・アサンジを支援しないのかとか、我慢出来ないんだろうなあこの人。「新しい秩序では、白人シスジェンダー男性以外のあらゆる性的指向は認められている」と書いたりとか、その例としてどこかの大学で「白人シスジェンダー男性に対する不満を表現しよう」というイベントが開かれたことについて人種差別だと批判したりとか、そんなごく例外的な単発のイベントを見つけてきて何いってんのこいつ?としか。あと「友人から聞いた話」として、苦労してやっと法的な性別を「男性」に変えたトランス男性が、性別を認められたその日に自殺した、という話が唐突に出てきて、そもそも本当の話なのか単なる噂話なのかわからないうえに、法的な性別変更を認められた当日に自殺したとしてそこに関連があるのかどうかもはっきりしないのだけど、なんなんだろう。本書でトランスジェンダーに触れられているのは、この噂話のほかには男性の性犯罪者として有罪になったレイピストがトランス女性だとカミングアウトして女子刑務所に入ろうとしたが阻止された、という話だけで、自殺者とレイピスト以外でトランスジェンダーの話題ねーのかよ。まあそのあたりもいつも通りで安定してジジェクってる。