Scott Alan Lucas著「Last Night in San Francisco: Tech’s Lost Promise and the Killing of Bob Lee」
グーグルやスクウェア(現ブロック)などテック企業でエンジニアや幹部として働いていたボブ・リー氏が2023年にサンフランシスコの路上で刺されて亡くなった事件の背景を追いながら、テック・ブームがサンフランシスコにもたらした功罪について語る本。
リー氏の殺害はサンフランシスコが「民主党のリベラルな指導者による失政のシンボル」として右派メディアで叩かれるなか起き、リー氏はホームレス人口や暴力犯罪、麻薬依存症とオーバードースによる死者の増加(と言われるけれど実際のところ暴力犯罪は減っている)によって治安が崩壊したサンフランシスコ市政の被害者の一人として扱われた。しかし現地では、ホームレス人口の増加はテック企業が狭いサンフランシスコに大勢のエンジニアを集め高い給料で雇ったために起きた物価や家賃の上昇によるものだとか、AirBnBの普及によって長期的な賃貸住宅が激減したこと、uberや自動運転タクシーなどによる合理化により一般労働者の生活が脅かされていることが原因であるとして、テック企業に対する批判が高まっている。
また同時に、AndroidやCash Appの開発に関わり、コロナウイルス・パンデミックではスマホの位置情報をもとに感染者のトレーシングを行うシステムの設計にも参加したリー氏は、Cash App(ブロック社)内部の金融法上の不正に関わっていたので口封じされたとか、WTOによるコロナウイルスに関する陰謀について告発しようとして殺されたといった陰謀論が、主に右派インフルエンサーや陰謀論者たちによって何の根拠もなく宣伝された。大手メディアまでもがテック業界の噂話に流されて、リー氏は秘密のセックスクラブの会員だったという報道が流れたが、著者はそのセックスクラブが実在することを確認できなかった。
しかし結局のところ、犯人として捕まったのはリー氏と面識のあるテック業界の人で、リー氏が容疑者の妻と不倫した、あるいは妻を性的に暴行した、という認識が犯行の動機とされ、サンフランシスコ市政云々は関係なかったじゃん!関係あるとしてもせいぜいEmily Chang著「Brotopia: Breaking Up the Boys’ Club of Silicon Valley」に書かれているシリコンバレーの性文化に関係している程度じゃん!と思ったけど、当然のことながら陰謀論者らはそれに納得はせず、何らかの理由で真実が隠蔽されたと思っている様子。
テック業界がサンフランシスコに与えた影響について一応触れられてはいるのだけれど、あくまで本筋はリー氏の事件についてで、その事件自体はとくに珍しくもないのでなんだかなあという感想。しかしサンフランシスコって排出している政治家がそろいもそろってイヤな人ばかりなの、なんでだろう。