Ryan Hampton著「Fentanyl Nation: Toxic Politics and America’s Failed War on Drugs」
かねてから「失敗した」と言われ続けているアメリカ政府による「麻薬との戦争」の、合成オピオイド・フェンタニルが広く流通するようになった2020年代の新しい局面について解説する本。
1970年代にはじまった「麻薬との戦争」の掛け声のもと、黒人やラティーノのコミュニティに対するとくに厳しい取り締まりと処罰が行われ、それらのコミュニティの破壊と収監人口の爆発的な増加をもたらしてきたことはすでによく知られているとおり。2000年前後からはさらに薬物使用によるオーバードーズの増加が社会的問題となり、金融危機を経た2010年頃からはそれが都市部だけでなく地方に住む白人労働者層でも増えたことで、薬物依存を犯罪としてではなく公衆衛生上の課題と捉える考え方も広まった。その結果、一部の地域では薬物所持の非犯罪化や依存症治療へのアクセス向上などの措置も取られたが、一般の薬物使用者を食い物にしている密輸組織や売人に対しては移民や黒人へのバッシング強化の流れのなかさらなる厳罰化も推し進められている。
オーバードーズをめぐる社会的状況にはこれまで三段階があった。1999年から2010年頃まではパーデュー・ファーマをはじめとする製薬会社が利益のために医者を巻き込んでオピオイド鎮痛剤の過剰処方を推進した結果、産業の海外移転や金融危機により失業者が増えた地方の白人たちのあいだに薬物依存が広まり、オーバードーズによる死が目立ち始める。ところが2010年以降、政府が製薬会社や医者の不正に気づき、とくに悪質なケースにおいては法的措置を取ったほか、一般の医者に対してオピオイド処方を減らすよう強烈な圧力をかけたが、そうして唐突に処方箋を打ち切られた患者たちの一部はすでにオピオイド依存の状態になっており、やむをえず違法に鎮痛剤を入手することになった。正規のルートで入手する薬に比べて裏の市場で入手する鎮痛剤には偽物やほかの正体不明の薬が含まれているなどクオリティが確保されておらず、正規の製品から不確かな薬に乗り換えた人の中には、意図した以上のオピオイドやその他の薬物を接種してオーバードーズになった人も少なくなかった。
そして違法なオピオイドの市場が拡大したことによって引き起こされた次の段階が、2010年代中盤以降に起きた、フェンタニルなど合成オピオイドの席巻だった。フェンタニルやそれに類した合成オピオイドは材料さえ揃えばそれほど複雑ではない設備で化学的に合成でき、ヘロインなど植物由来のオピオイドに比べて同じ重さで数百倍の効果を持つ。つまりフェンタニルは生産に大規模な農場や多数の作業員を必要とせず、よりコンパクトに輸送でき、市場に近いところで混ぜものを入れるなどして適切な濃度にして大量に売ることができる。また、もともと強力な効果があるので、少しの計算違いや測り間違いで意図した以上に強力になってしまうのでオーバードーズを起こす危険が増えた。また、ほかのさまざまな薬物に少量混ぜることでより安くそれらの薬を売ることができるため、フェンタニルとして売られる以外のさまざまな薬物にもフェンタニルが含まれるようになり、それを知らない客が意図せずフェンタニルを接種してオーバードーズになるケースも多い。
1970年代以降、薬物使用は人種の垣根を超えて広がっていたが、白人が主に使う薬物より黒人が使う薬物のほうが重い罪とされたり、警察や司法による人種差別的な捜査や処罰、弁護士や依存症治療へのアクセスの格差、合法的にオピオイドを処方してくれる医者にかかれるかどうかといった違いなどから、オーバードーズの犠牲となるのは都市に住む非白人の割合が多かった。しかし2000年以降地方の白人たちのあいだでオーバードーズが増えると、かれらは犯罪者ではなく製薬会社や悪徳医師、密輸組織や売人の犠牲者であるという議論が広がり、その結果一部では依存症治療へのアクセス向上や薬物依存へのスティグマ軽減など良い効果もあったが、同時にかれらを食い物にした悪いやつらを吊るし上げろ、という悪者探しも引き起こした。薬物使用者に対する強硬な取り締まりを妨げられるようになった警察もこうした動きに同調し、オーバードーズで亡くなった人たちは「毒を盛られて殺された」として、遺族らのために密輸組織や売人に対する徹底的な取り締まりと処罰を約束した。
こうした議論は、メキシコや中南米からの移民や中国の業者が薬物をアメリカに持ち込んでいる、という形で移民バッシングや中国バッシングの政治的流れと共鳴するほか、ブラック・ライヴズ・マター運動によって正統性に疑いが持たれた警察が「オーバードーズを減らすために売人を厳しく取り締まる」という形で市民の支持を回復しようとする動きにも繋がる。しかし実際のところ、バッシングの是非や警察の評判がどうという話を別としても、こうした取り締まりはフェンタニルの席巻によって薬物市場のフェーズが変わったことを踏まえておらず、まったく有効性がない。
前述のとおり、フェンタニルの生産には大規模な農場を必要とせず、したがって世界中どこからでも生産できる。かつてであれば特定の地域の農場を焼けば少なくとも一時的にそこからの薬物密輸は減らすことができたが、現在そうした手段は有効性を持たない。また、かつてはそうした密輸組織から麻薬を輸入したピラミッド型の犯罪組織が下っ端を使って薬を売らせていたが、現在多くの場合、そうした組織に所属する売人より身近にいる薬物使用者仲間から分けてもらう人が多く、売人と使用者は区別できない。フェンタニルなら少量あればそれを細かく分けてかさ増しすることができるので、仲間のあいだで分け合うことが簡単だからだ。またどこでも生産できコンパクトに運ぶことができるフェンタニルの流通を止めることは困難で、仮に売人を一人捕まえたところで別の人が売るだけ。ピラミッド型の組織が縄張りの中での販売を独占していた時代なら通用したかもしれない取り締まりは、もはや何の意味も持たない。
著者の指摘はいちいちもっともで、わたしが周囲で見聞きしている状況とも一致している。密輸組織や売人の取り締まりに躍起になるのではなく、より安全に薬物を使用できるようにするための公的な施設や薬物の化学的分析サービスの提供、オーバードーズ拮抗薬の配布、メサドンやブプレノルフィンなど代替薬(や、状況に応じて医師による混ざり物のないヘロインなど)の処方など、ハームリダクションに基づいた施策を取り入れる必要がある、という著者の訴えは至極まともで公衆衛生と人権の考え方に根ざしている。