Trymaine Lee著「A Thousand Ways to Die: The True Cost of Violence on Black Life in America」
警察による暴力やギャングの抗争、そしてそれに巻き込まれた人たちなど黒人の死を取材し続けてきたジャーナリストが、38歳にして心臓発作で死にかけた経験から、多くの黒人たちを早すぎる死に追いやる差別や社会格差、そして銃の蔓延を問う本。
本書の中心的な課題は、銃の存在と黒人の死の歴史だ。圧倒的多数の黒人奴隷を白人所有者の言いなりにするために使われた銃から、KKKや警察によるリンチに使われた銃、そして貧しく麻薬売買などが横行する地域に大量に持ち込まれ黒人同士のあいだで使われ同胞の命を奪う銃まで、アメリカ黒人の死と銃の歴史は深い。もちろん黒人たちは一方的に殺されるだけでなく、黒人奴隷たちが白人から銃を奪い一斉蜂起したり、南北戦争の際に連邦軍に参加し奴隷解放のために戦ったり、ブラック・ナショナリズムを掲げて黒人たちによる武装自衛を実行しようとするなど、抵抗のために銃を手に取り戦った歴史もあるけれど、全体的に見ると黒人たちが殺されるケースの方が一般的で、また黒人による銃の使用が厳しく取り締まられるいっぽう、政府や白人の民間人による銃による殺害はお咎めなしになる傾向が強い。
Carol Anderson著「The Second: Race and Guns in a Fatally Unequal America」にもあるように、アメリカにおける「銃所持の権利」とは端的に白人たちが武装する権利のことであり、黒人たちが自衛する権利を守ることを意図していない。そもそも全米ライフル協会(NRA)を中心に「銃所持の権利」が運動として広まったのは、20世紀中盤のアメリカで人種隔離政策の撤廃が進められ、黒人が白人の住む地域に移住してくるようになる、自分たち白人の安全が脅かされる、という危機感が広まったことに原因がある。ニュージーランドで、ノルウェーで、オーストラリアで、カナダで、それぞれ大きな銃乱射事件が起きると直後にそれらの国々で銃の規制を厳格化する法律が制定されたが、アメリカではどれだけ銃乱射事件が続いても何の変化も起きない。
ニュースを賑わせる大規模な銃乱射事件とは別に、都市の貧しい黒人街は警察にも見放され、若い黒人男性の多くが自分の身を守るため、そして生活のための収入を得るために、ギャングに加わって麻薬売買などの犯罪に手を染め、そして警察や対抗するギャングによって殺されていく。著者自身の家族や親戚、昔の友人たちも銃で撃たれた人や銃で誰かを撃って刑務所に入れられた人が何人もいるが、これは黒人街の出身者としては珍しいことではない。そうした暴力的な死に囲まれた人々は、そしてそれをジャーナリストとして取材し続けてきた著者自身も、身体的な不調や精神的な苦しみに追い詰められ、ローレン・バーラントの言うところの「ゆるやかな死」に追いやられていく。
「この本はわたしを殺しかけた」という告白にはじまり、この本を通して新たな生を感じた著者が、生きるために身を削って書いた一冊。いますぐどうこうという内容ではないので、時間をかけて読まれてほしい。