Tanya Katerí Hernández著「Racial Innocence: Unmasking Latino Anti-Black Bias and the Struggle for Equality」

Racial Innocence

Tanya Katerí Hernández著「Racial Innocence: Unmasking Latino Anti-Black Bias and the Struggle for Equality

アフロラティーノ(アフリカ系ラテンアメリカ人)の著者による、ラティーノ(ラテンアメリカ人)たちのあいだにある根深い黒人差別についての本。米国で頻繁に起きる黒人市民に対する警察や自警団による暴力や殺害において、加害者の警察官や自警団員がラティーノであることが多々あることは、たびたび指摘されている。コンビニにスナックを買いに行った帰りの黒人少年トレイヴォン・マーティンを殺害した自警団員ジョージ・ジマーマン、運転中に言いがかりをつけられて収監され留置所内で亡くなった黒人女性サンドラ・ブランドを暴力的に逮捕した警察官ブライアン・エンチニア、同じく運転中に警察に止められ免許証を見せろと言われ取り出そうとした黒人男性フィランド・キャスティールを射殺したヘロニモ・ヤネスなど、ブラック・ライヴズ・マター運動の象徴的な事件で黒人たちを殺した当事者の何人かはラティーノだ。

米国においてラティーノによる黒人に対する差別や暴力については、しばしば良心的な白人リベラルたちによって、白人至上主義的なアメリカ社会に溶け込み成功するためにその価値観をマイノリティが内面化させた結果だ、あるいは黒人とラティーノは住居や就職差別によって同じ地域や業種に押し込められ、限られたパイを奪い合うよう仕向けられたため対立しているのだ、といった説明がされるが、著者はこうした説明に異を唱える。彼女によれば、ラティーノたちやかれらの祖先が住んでいた中南米やカリブ海の社会にはアメリカ合衆国のそれより複雑な反黒人主義の歴史があり、ラティーノの反黒人主義は決して米国に移住してから学んだものでもなければ、米国の社会構造において対立させられた結果ではない。

歴史的には、スペイン人やポルトガル人、フランス人ら植民者によって、中南米やカリブ海には米国よりはるかに多くのアフリカ人が奴隷として連れてこられた。米国の人種制度においては一滴でも黒人の血が混じれば黒人とみなすシンプルな定義が採用されてきたが、白人植民者と先住民、そしてアフリカ系の人たちの混血が進んだラテンアメリカ各国において、反黒人主義はより複雑な形を取ることになった。それは同じ家族のなかでも肌の色や髪質、顔やその他の身体の特徴に「白人らしさ」や「黒人らしさ」が異なる度合いで発現するなか、より白人らしい人との結婚が奨励され、生まれつき黒人らしい外見の人たちは親族の集まりでも端のほうに座り集合写真に写り込まないようにするといった文化だと著者は指摘する。また外見だけではなく、ある程度は職業や資産によっても白人に近づくことができるなど、米国のそれに比べてより境界があいまいな、しかし強固な白人至上主義・反黒人主義が根強く残り、同じラティーノのなかでもスペイン系などの白人や自分を白人の一員とみなす人たちと、黒人たちのあいだで圧倒的な格差が存在する。

また、白人至上主義と反黒人主義は、ラティーノたちのそれぞれの先祖の出身国に対するプライドにも結びついている。歴史的経緯により出身国によって人種構成は違い、自らを白人と規定する人とそうでない人の差も存在するのだが、たとえばキューバ系アメリカ人は大半が白人であるのに対し、プエルトリコ系は約半数、ドミニカ系はさらに少なく、黒人奴隷たちが革命を起こして建国したハイチは最も白人の割合が少ない。そしてそれぞれの背景を持つラティーノたちのあいだでは、この順番でより黒人の多い国を見下す傾向がある。

著者は人種差別やヘイトクライムの民事・刑事裁判資料を挙げながら、白人ラティーノによるアフリカ系アメリカ人やアフロラティーノに対する態度を告発する。もちろん裁判になった事例は特に深刻な例であり常日頃から差別やヘイトクライムが起きているわけではないのだろうけど、アフロラティーノの人たちがラティーノ社会でどれだけ苦労しているのかよく分かる。にもかかわらずジマーマンが「自分もラティーノとして差別されているから自分はレイシストではない」と釈明したように、ラティーノがほかのマイノリティ、とくに同じラティーノでもあるアフロラティーノを差別するわけがないとか、あるいは差別したとしてもそれは一般的な白人至上主義ほど悪質ではなく文化的対立だろうと判断されることが多く、また多数存在するスペイン語の差別表現や差別的な価値観を含んだ慣用句はアメリカの法廷ではヘイト表現だと正しく判断されにくい。たとえばラティーノが多く働く職場でラティーノの上司が一人だけいるアフロラティーノの従業員を「mi hijo」(わたしの息子よ)と呼んでいた、というケースで、それは親しみを込めた表現だろうと裁判所は判断したが、大人の黒人に対して「ボーイ」と呼ぶという、かつて一般的だった英語の差別表現と同等だと判断されるべきだ。

2020年の大統領選挙においてラティーノの3割以上はトランプに投票した。もともと共和党支持者の多いフロリダ州のキューバ系を除いても、テキサス州やネヴァダ州、ジョージア州などでトランプはバイデンに迫る支持を集めた。ラティーノの移民をレイピスト、殺人犯、テロリストと呼び排斥を主張したトランプが2016年から2020年にかけてラティーノからの支持を広げたことを多くの人は疑問に感じたが、白人至上主義・反黒人主義への共感と見れば容易に説明できる。

アジア系アメリカ人も2016年から2020年にかけてトランプへの支持を増やし、2020年にはラティーノとほぼ同じ3割超がかれに投票した。ラテンアメリカと比べて黒人奴隷貿易の歴史は少ないものの、中国や日本などにおける反黒人主義は近年よく報道されるようになっており、アジア系アメリカ人コミュニティでも反黒人主義が共感を集めつつある。シアトルのアジア系アメリカ人コミュニティに参加している自分にとっても他人事ではないと感じている。