Robert Samuels & Toluse Olorunnipa著「His Name Is George Floyd: One man’s life and the struggle for racial justice」

His Name Is George Floyd

Robert Samuels & Toluse Olorunnipa著「His Name Is George Floyd: One man’s life and the struggle for racial justice

ミネアポリス市警察によって黒人男性ジョージ・フロイド氏が殺害されて2年。かれが殺害されて以来、かれの遺族やかれを知る人たち数百人に取材を続けてきたワシントン・ポストの記者たちが全力で書いたフロイド氏の生涯とかれが残した影響や課題についての本。これまでもフロイド氏の生涯についてはかれの叔母Angela Harrelsonが書いた「Lift Your Voice: How My Nephew George Floyd’s Murder Changed The World」や雑誌記事などで読んできたけれども、大手新聞社の取材力はさすが。かれを単なる「警察のレイシズムの犠牲者の一人」としてしまわないように、そしてかれの犯歴や薬物使用歴を挙げてかれの命の価値を貶めようとする右派の攻撃に惑わされないためにも、みんな読むべき本。

フロイド氏のストーリーは、奴隷として生まれたフロイド氏の先祖たちの話からはじまる。奴隷解放後、北部から黒人の権利を守るための政府が派遣されたリコンストラクションの時代にかれの祖先はノースカロライナで広大な農場を所有するほど成功したけれども、その後すぐ復権した南部白人たちに騙され、土地を奪われ、法的保護も受けられずに小作人になる。いくら働いても借金の額が増える仕組みのなか数世代を生き抜き、フロイド氏が幼いころ、かれの家族は機会を求めてテキサス州ヒューストンへ移住。フロイド氏が育ったヒューストンの第三区は市内の黒人が集中して住んでいる地域で、政府による住宅政策や教育政策によって放置されるだけでなく、市中心部と郊外を繋ぐ高速道路の建設によってコミュニティは破壊・分断される。フロイド氏は高い身長と運動神経からバスケットボールやフットボールの選手として大成することを期待されながら有力な大学チームには呼ばれず挫折。ラップミュージシャンの道を志したり、その活動のなかでキリスト教ラップに触発されて信仰を通したコミュニティへの貢献に目覚め、地域の頼れる大人として知られるようになる。

経済的な貧しさから仲間に誘われて麻薬密売に手を出すも、自身が薬物依存になってしまい何度も逮捕や治療を繰り返す。2007年には強盗で逮捕され有罪判決を受けたけれど、フロイド氏が実際の犯罪に直接関わった証拠は乏しく、フロイド氏やその他の人たちも真犯人を知っていたが「警察にチクらない」という第三区の鉄則を守って告発しなかった、と著者たちは考えている様子。犯行を否認して裁判で争ってもフロイド氏のような貧しい大きな黒人男性が公正に扱われる可能性は低く、有罪になって何十年もの刑期になるよりはと五年の刑での司法取引を受け入れた。出所後、さらに職を得ることが難しくなったフロイド氏は、キリスト教系団体の支援を受け、人生をやり直すためにミネアポリスに移住する。

こんな数パラグラフの説明ではフロイド氏の人生をきちんと紹介できないし、警察官による殺害という結末がわかっている物語をこれ以上書くのもつらいのでここまでにしておくけれど、かれの人生はあらゆる意味で政府のさまざまな分野に渡る政策が黒人たちを置き去りにし、生活を難しくし、刑罰を課し、再生の機会を奪い、デレク・ショーヴィン警察官がフロイド氏に対してそうしたように、黒人たちの首元を押しつぶし呼吸を奪おうとしてきたことの象徴だ。2020年には全国で「フロイド氏に正義を!」という呼びかけが叫ばれたが、フロイド氏がほんとうの意味で公正に扱われるとはどういうことなのか、なにが必要なのか––ショーヴィンが殺人罪で有罪になるだけではまったく不十分だし、警察が黒人の殺害を止めるというだけでもまだ全然足りない––考えさせられる。