Joe Manchin著「Dead Center: In Defense of Common Sense」

Dead Center

Joe Manchin著「Dead Center: In Defense of Common Sense

アメリカ上院民主党最後の保守派として影響力を持ち今年1月に引退したジョー・マンチン元上院議員の自叙伝。ほらそこの男子、人の名前で騒がない。

ウエストヴァージニア州の州議会議員・州知事を経て2010年から上院議員を務めていたマンチンは、次第に保守的な地盤を共和党に奪われ衰退していった民主党内保守派の最後の牙城。2021年にホワイトハウスと下院を民主党が取り、上院では民主党・共和党双方が50議席ずつ(採決の結果が同数の場合は上院議長を務めるカマラ・ハリス副大統領が決める)となると、マンチンはバイデン大統領の政策を実現させるかどうかの決定権を持つ実質的な最高権力者となる。本書はそのマンチンがバイデンの目玉政策「ビルド・バック・ベター」を潰したシーンではじまったあと、過去に遡り子ども時代からの著者の人生が綴られ、最終的にバイデンやハリスとの決裂に繋がるという構成になっており、一冊かけてビルド・バック・ベターの阻止を正当化しようとしている印象。

マンチンはウエストヴァージニア州の小さな炭鉱町の出身で、一家は街の小さな店を経営していた。著者は貧しい家庭で育ったと繰り返すが、叔父が州の政治家をやっていたり、長兄が医学校に進学していたり、三人の兄弟それぞれに親が豪華な車を買い与えていたりと(二人の姉妹には与えられなかった)、貧しい地域の中ではそこそこ有力者の一家なんじゃ?と思うけれども、のちに著者が州知事に立候補したとき民主党内の別の候補にそこを突かれて激怒したことも書かれている。

マンチンは自分は党派やイデオロギーではなく常識をもとに判断している、どちらの党だとか関係なく自分が正しいと考える通りに行動する、と繰り返すのだけれど、州知事に立候補して前述の民主党内の予備選挙で負けたとき、政策がどうではなく、「貧困家庭出身だと偽った」というマンチンに対する批判を撤回し謝罪するなら本戦で支持する、と勝った候補に持ちかけ、それを断られたからと共和党の候補を正式に支持したという本人が書いている話からみても、本人のメンツやプライドが第一のように見える。

本書で詳しく書かれているビルド・バック・ベター法案をめぐる混乱も、すでにChris Whipple著「The Fight of His Life: Inside Joe Biden’s White House」やFranklin Foer著「The Last Politician: Inside Joe Biden’s White House and the Struggle for America’s Future」などで書かれている話と重複するけれど、採決を延期してなんとかマンチンの賛同を得ようとバイデン政権関係者だけでなく議会民主党やクリントン・オバマ元大統領、さらにはビル・ゲイツまでマンチンを説得しようとするなか、「マンチン議員との交渉を続けます」というホワイトハウスからの声明文が気に食わないと怒って、そのままFOX Newsの保守系トーク番組に出演して「ビルド・バック・ベターに反対だ」と発言しちゃうというあたり、メンツへのこだわりがやばい。わからないわけではないし、バイデンの側近もうちょっと気をつけてよって思うけど、それであんな重要な法案を潰さないで欲しい。

マンチン本人は政治家になるまえ石炭関連会社を創業して資産を築いた側の立場だが、あくまで自身を炭鉱労働者の側に位置づけ、肉体労働による心身への負荷の積み重ねや国際競争や気候変動対策(著者は「気候変動という新しい宗教」と書いている)による失業に苦しむ労働者たちの気持ちを民主党は無視していると指摘する。民主党はたしかにそういう人たちにお金やサービスをばら撒こうとしているが、そうした政策こそが労働者たちの誇りを傷つけている、トランプは実際には労働者たちにはなんの利益ももたらさないかもしれないが、かれらの職を守ると宣言することでかれらの支持を集めているという。

著者は労働こそ人間的な誇りの根源であり、福祉は尊厳を傷つけ政府に対する依存に陥らせてしまうという主張を掲げ、だからこそビルド・バック・ベターなど社会のセーフティネットを広げようとする政策に反対しているのだけれど、人々の誇りを守るようなセーフティネットのあり方について具体的な議論はほとんどない。失業や怪我・病気などでひとたび福祉を受給すると、仕事を再開して収入が上がると福祉が打ち切られて困窮するので貧困から抜け出せなくなる、と言っているが、そういう構図自体が福祉を極限まで切り詰めてきた結果なんだと思うけど。

終盤では、どんなに大きな州でも小さな州でも同数の議席を得られる上院という仕組みや、その上院において60票以上の賛成がなければ原則的に法案を成立させられないフィリバスター(Adam Jentleson著「Kill Switch: The Rise of the Modern Senate and the Crippling of American Democracy」参照)など、多数決に反した仕組みが多数派と少数派とのあいだの交渉や協力を促す重要なメカニズムだとして、その維持を訴えているが、著者はハリス副大統領が2024年の大統領選挙においてフィリバスターの廃止を訴えたことを彼女を支持しない口実として公言していた。民主主義を守るためにはフィリバスターが必須であり、その廃止を目指すハリスは大統領にふさわしくない、という考えらしいんだけど、いま現に上院共和党によるフィリバスターの廃止が迫っていると言われているし、フィリバスターくらいどうでもいいくらいに民主主義が破壊されつつあるいまの状況を見て、よくそんなこと書けたなおい、としか。