Nick Chater & George Loewenstein著「It’s On You: How Corporations and Behavioral Scientists Have Convinced Us that We’re to Blame for Society’s Deepest Problems」

It's On You

Nick Chater & George Loewenstein著「It’s On You: How Corporations and Behavioral Scientists Have Convinced Us that We’re to Blame for Society’s Deepest Problems

リチャード・セイラー&キャス・サンスティーンが提唱する「ナッジ」に代表される社会政策への行動経済学の応用の実態を明らかにしつつ、政策策定のなかで行動科学者たちが果たしてきた役割を批判する本。著者たち自身も行動科学者・行動経済学者であり、かつてナッジに期待を行動経済学の政策策定への応用を推進する立場だったが、ここ数年そうした取り組みを批判する論文をいくつも発表している。

セイラー&サンスティーンが提唱するナッジとは、人々がより自分や社会の利益になる行動を取りやすいように、強制するのでも金銭的利害に訴えるのでもなくそっと後押しするような政策的アプローチを指す。もし人々が古典派経済学が想定するようにほぼ完全に合理的であるならナッジはそもそも必要ないしそれが人々の選択を変えることもないけれど、現実の人々は(ダン・アリエリー的に言うと「予想通りに」)非合理的な部分が多々あり、ただ選択肢を与えられただけではうまく判断ができないことが多い。間違った判断をして後に後悔したり苦しんだりする可能性を減らし、また当人の利益を損なわない範囲でより社会の利益になるような行動を促すために、行動経済学をベースとしたナッジが政策としてアメリカやイギリスをはじめ各国で推進されてきた。

ナッジ政策が政策関係者らのあいだで注目された理由の一つは、セイラー&サンスティーンがそれを「リバタリアン・パターナリズム」と呼んでいるように、人々を客観的により良いとされる選択肢へと招き入れつつ、推奨されたものと異なる選択肢を選び取る自由を尊重していることだ。老後や緊急事態に備えて貯蓄する、自分のライフサイクルに合致した保険に加入する、栄養素のバランスが取れた食生活を送ったり十分な運動をして健康を維持する、といった選択は多くの人にとっては望ましいものだけれど、意思の弱さや複雑な情報を理解することの困難など人間的な理由でそれを選び続けることは難しい。ナッジ政策においては、多くの人が望ましいと考える選択肢をデフォルトとして目に止まりやすいように提示する、多すぎる情報に混乱させられないようにそれぞれの選択肢についての情報を分かりやすく比較可能な形で提供する、などの形で人々がより望ましい選択肢を選びやすいように支援すると同時に、それを拒んで異なる選択肢を選び取る自由も守られる。

ナッジ推進派によると、こうした働きかけは人々の食生活を改善させ、エネルギー浪費を減らし、十分な貯蓄を蓄えさせるなど、さまざまな面で良い結果をもたらしている。しかし2010年代以降「再現性の危機」が騒がられるようになると、ほかの分野と同様に、行動経済学においてもこれらの結論に疑いの目が向けられるようになる。ナッジ政策が実社会に実装されたとき当初の研究から予測ほどの効果を生むことができなくなる理由には、研究段階では観察者効果が結果に影響を及ぼしていた、研究期間終了後の追跡が行われない、意外性のある新たな発見が注目を浴びるいっぽうナッジに大きな効果がなかったという研究が出版されることが少ないという出版バイアスなどさまざまな理由があるが、実際にはナッジは当初期待されていたほど生活習慣や貯蓄の改善にも健康の向上や環境保護にも役立っていない。

しかしナッジ政策のより重大な問題は、それが十分な効果をもたらさないことではなく、ナッジ政策が実施されることによる機会費用だ。行動経済学は人間の選択行動が多くの場合非合理的であることを指摘することで、人々は何が自分の利益になるのか判断できるから干渉せず当人の自由に任せろという古典派経済学的な主張を否定するが、しかし個人がより良い選択肢を選び取ることができるようにナッジしたうえで本人の判断に任せるべきだとして、政府による強権的な規制を否定する。そしてナッジに当初言われていたような効果がないのだとすると、それは企業が一般消費者や一般市民の非合理席に付け入れ、かれらを食い物にするのを放置するということになってしまう。

古くから銃器業界は「人を殺すのは銃ではなく人間だ」として銃規制に反対してきたし、いまでも人工知能を使った犯罪や人権侵害をめぐってAI業界がまったく同じことを言っている。石油業界が「カーボン・フットプリント」という言葉を生み出し気候変動への責任を個々の消費者に押し付けたのは、プラスチック業界はリサイクルを広めたことと同じ。これらに共通するのは、さまざまな業界が自らの利益を守るために個々の消費者や市民に対して責任ある行動を求めることで、政府による業界規制の実施を阻止しようとした・してきた事実だ。健康な食生活を守るためには食料品業界の規制、病気や老後の不安を取り除くには公的な健康保険制度や年金制度の拡充、人々の安全を守るためには労働者保護制度や公共交通網の整備などが政府の役割であるはずだが、ナッジ政策は個人にその責任を押し付け、政府による規制を遠ざけてしまう。

著者らはさまざまな業界が寄付や高額の講演料・コンサルティング料の支払いなどを通して大学の研究者や民間団体に影響を及ぼし、自分たちに都合の良い政策を推進し、都合が悪い政策を阻止していることを指摘する。これはナッジや行動経済学そのものの問題ではなくより大きな問題だが、ナッジや行動経済学が現代においてその有力な手先となっているのは事実。著者たち自身がかつてナッジについて好意的に研究していた行動科学者・行動経済学者だからこその説得力のある内容であり、アメリカのオバマ政権およびイギリスのキャメロン政権によって導入が進んだナッジ政策に対する強力なカウンターとなっている。