Michelle T. King著「Chop Fry Watch Learn: Fu Pei-Mei and the Making of Modern Chinese Food」

Chop Fry Watch Learn

Michelle T. King著「Chop Fry Watch Learn: Fu Pei-Mei and the Making of Modern Chinese Food

台湾から米国に移住した両親のもとにミシガンで生まれた著者が、母が台所に置いていた中華料理の本の著者が台湾で長年テレビ番組を持っていた超有名な料理人・料理研究家であったことを知り、その料理人・傅培梅(フー・ペイメイ)さんについて書いた伝記。中国本土出身の外省人である傅さんが中国各地の料理を台湾に、そして世界各地に広めた経緯とともに、それがアメリカの中国系コミュニティに与えた影響にも触れられている。

傅培梅さんは日本支配下の大連で生まれたが、共産党が勢力を増す中国本土を逃れ台湾に移住。いつかは故郷に帰ることを願い同郷の男性と結婚しタイピストとして仕事をしていたが、夜には夫が仲間を大勢家に連れてきて夜遅くまで麻雀をしており、傅さんはかれらの夕食や夜食を作る毎日。水餃子をうまく作れずに端から開いて中身が流れ出してしまうなど料理が下手なことで夫に叱咤され、料理を学ぶことを決心。しかし当時は料理教室も料理本もなかったので、大切なアクセサリーを売って得たお金で街中のレストランのシェフを招き出張料理教室をやってもらうことに。料理人の世界では弟子は師匠の技を見て盗むのが当たり前であり丁寧に教えてくれる人なんていなかったので、多くのシェフはただやってきてなにも説明せずに料理をして帰っていくだけだったけれど、中国各地から来た料理人たちの手法を学んだ著者はほかの主婦たちのために料理教室を開く。

料理教室は評判となり、政府から外交官の妻たちが海外で料理を披露できるように教えてくれと依頼されたり、台湾ではじめて設立されたテレビ局で料理番組をやってくれと言われたりするなど大反響。さらに中国の料理を地方によって「四大料理」に分類してそれぞれの料理のレシピを集めた本を出版するとベストセラーとなり、英語と中国語の対訳がついた本は世界各地の中国系コミュニティにも広まっていく。日本の教育を受けていたため日本語も話せる傅さんは日本のNHKやフジテレビでも料理番組に出演したほか、しだいに中国(中華人民共和国)に友好国を奪われていった台湾(中華民国)の外交戦略にも利用された。時代がかわり主婦が長い時間をかけて複雑な技法を駆使した料理を作ることが減ると、アメリカのハンバーガーなどのファストフードに消費者が流れることを危惧し、独自の即席ラーメン(満漢大餐)を考案したり、味の素と協力して冷凍食品の開発するなど食文化に大きな影響を与える活躍。

傅さんは台湾では一定世代より上の人なら誰でも知っている超有名人で、いまでも昔のテレビ番組の動画がネットにあるくらいだけど、わたしは知らなかったしこんなパワフルな女性いたんだと思うとめっちゃ面白かった。ちなみに本人の自伝もあるけど英訳は出版されていないみたいだし、自伝を原作として台湾で制作された伝記ドラマはフィクション要素が大きい(ドラマ版では台湾人の助手との関係が本筋となっているが、このキャラクターは自伝には存在しない)らしい。また彼女の人生だけでなく、台湾をめぐる国際情勢や、かつて先住民や本省人を差別し弾圧していた国民党独裁政権が民主化を受け入れ台湾のアイデンティティが広まり、そして日本に併合されていた時代に受けた影響を含め先住民や本省人の文化が再評価された流れにこの偉人がどう関わったのか、そして海外にいる中国系コミュニティにどういう影響を与えているのか、という分析も良い。地元の図書館にいまでは絶版になっている彼女の中英対訳レシピ本が置いてあるみたいなので今度見に行くつもり(貴重な本だからか、貸し出しはしていない——まあキッチンで汚されても困るだろうし)。