Merl Code著「Black Market: An Insider’s Journey into the High-Stakes World of College Basketball」

Black Market

Merl Code著「Black Market: An Insider’s Journey into the High-Stakes World of College Basketball

大学とプロでバスケットボール選手として活躍し、引退後ナイキ、そしてのちにアディダスで仕事として将来有望な中高生選手の囲い込みに関わった黒人男性の著者が、大学スポーツとスポーツ用品業界の搾取的な構造と実態を暴露する本。大学のメジャースポーツは建て前としてアマチュアとして選手への給料や賞金、その他の利益供与が禁止されている一方、大学にとってチケットの売上や放映料で莫大な収入を見込め、またナイキやアディダスなどスポーツ用品メーカーにとっても宣伝になるので、将来有望な選手は中学・高校時代からスポーツ用品メーカーやブローカーによる青田買いの対象になっている。著者は2019年にそうした「アマチュアスポーツの腐敗」の象徴として逮捕されたけれども、自分は大学スポーツのルールに反した行為には加担したが違法行為は犯していない、そもそも大学スポーツのルールは現実離れした建て前になっており若い選手たちの搾取が恒常化している、と批判する。

大学スポーツはアマチュアなので、大学は選手に対して奨学金を与える以上の利益許与をすることはできない。しかし各大学はスポーツ用品メーカーとのスポンサー契約により、ユニフォームや用具の提供を受けるだけでなく、有力な選手を斡旋される。そのためにスポーツ用品メーカーは選手を選抜するキャンプを開催し、特に有力な選手に近づき、家族ぐるみで親交を深める。選手本人だけでなく母親や家族の誕生日にプレゼントを贈ったりするだけでなく、場合によっては借金を肩代わりしたり給料の良い仕事を両親に斡旋したり家賃がかからない家を提供するなどの例も。また選手の多くは貧しい黒人家庭の子どもであり、食べるものに困ったりホームレスだったりする場合もあり、著者はかれらが将来有名選手としてメーカーの宣伝をしてくれることを期待して生活を支援することも。中には選手の家族がお金をせびってきたりすることもあり、一時的にそれで家族が救われることもあるけれど、選手が伸び悩むとすぐに援助を打ち切られる。さらにメーカー以外にも選手を食い物にしようと選手を囲い込み、メーカーや大学に売り込もうとする民間のチームや、授業の実態のない「私立学校」も。

こういう状況のなか、メーカーや大学が莫大な利益を挙げているのだから、選手はうまく立ち回ってできるだけいい条件を勝ち取るべきだ、また選手や家族は得られた利益を長期的に生活を向上するために使うべきだ、と著者は考え、選手やその家族たちに真摯に向き合ってきたと主張する。かれが逮捕された容疑は、大学スポーツの規約で禁止されている選手への利益供与を行ったことで選手が大学スポーツに参加する規約上の資格を失ったのに、それを黙って選手を大学に紹介したことが選手とメーカーによる詐欺の共謀にあたる、というものだけれど、そもそも大学はメーカーが利益供与を通して選手を斡旋してくれることを期待してメーカーとの関係を持っているわけで、大学を詐欺の被害者とする論理は弱い。このスキャンダルをめぐる捜査は有名大学やそれらの大学で高給を受け取っている監督たちを標的にしていたはずだけれど、結局捕まったのはメーカーと大学の双方で窓口となっていた著者をはじめとする下っ端ばかりで、その多くは黒人。また事件により利益供与を受けていた多くの黒人選手たちが、その利益を失ったばかりか、大学スポーツに参加する資格も喪失した。トカゲの尻尾切りが行われただけで、大学とメーカーが若い選手を搾取する構図はほぼそのままだ。

U.S. v. Gallo et al.
(連邦検察ニューヨーク南区による、著者らが関わった事件の図解 Twitterより

大学スポーツが搾取的であることや実際にはその裏でお金が動いていることは多くの人が常識として理解しているけれど、具体的にそこにメーカーがどのような形で暗躍しているのか、選手やその家族らとどういう関係を築いているのかという点では、この本の暴露はとても興味深い。著者が腐敗に加担して逮捕された人物であるにしても、かれを大学に対する詐欺の加害者だとする論理はおかしいし、トカゲの尻尾として切られたかれの怒りには共感できる。学生スポーツの選手が部分的に自分の才能から経済的利益を得ることができるような改革も始まっているけど、この本を読むと問題は有力選手が搾取されていることだけでなく、利益目当てになりふり構わない若い選手の青田買い・囲い込みと選別・切り捨てにも問題があるようなのだけど、そういった問題についてはどうすればいいのか、著者の考えを知りたい。