Meera Bai Grover著「Why I Help People Take Drugs: Reflections of a Christian Addiction Medicine Physician」

Why I Help People Take Drugs

Meera Bai Grover著「Why I Help People Take Drugs: Reflections of a Christian Addiction Medicine Physician

カナダのヴァンクーヴァーで設立された、ドラッグを安全に接種できる施設「インサイト」で働く医師が、自分がキリスト教徒としてどうして人々がドラッグを接種するのを手助けするのか綴った本。

著者がドラッグ使用者への医療に関わったきっかけは、看護師として働くかたわらバプティスト教会に入信して神学を学び始めたときに、より自分が知らない人たちについて学ぼうと思い、市内に設立されたインサイトに応募したこと。当初はドラッグ使用の手伝いをするのは神の教えに反しているのではないかと不安に思いつつ面接でもそう伝えたが、実際に働いてみて考えませんか?と言われて就職を決意した著者は、看護師である自分が正しい注射のやり方を教えるのだという態度で患者に接して経験豊富なドラッグ常用者に反発されるなどの失敗も繰り返しながら、自分自身の価値観を押し付けるのではなく幼少期のトラウマやホームレス生活の辛さなどを抱えながらドラッグを使うことで生き延びようとしている人たちを受け入れ、かれらに共感と敬意を持って接することこそが神の愛の実践であり神の教えだと考えるようになる。のちに医者になり、ドラッグ依存症の専門医としてインサイトでの勤務を続けている。

ドラッグは世界中の文化で使用されており、そのなかにはアルコールなど多くの国で合法的に提供されているものも多い。カナダにおけるドラッグ規制は、もともとはアヘン戦争によってオピオイドを押し付けられた中国からの移民労働者たちが持ち込んだものに白人たちが手を出すようになったことが、異人種間の交流、そして異人種間の恋愛やセックスによる白人の人種的劣化に繋がるというパニックが引き金となっており、人種差別的な移民法の制定などと繋がっていた。また現在でもドラッグの規制とドラッグを使うとされている、社会的に周縁化された集団への支配と切り離せない。ホームレスの人が病気になって病院に行っても、どうせドラッグをやっているんだろ、病気になったのも自分のせいだろ、と相手にされず、本人がドラッグを使用していなくても関係なく医療を拒否されて殺されたりする。

ドラッグを使用する人は必ずしも依存症の患者ではないし、依存せずに使用している人は大勢いるけれども、そういった人は人目に触れずプライベートな空間で使っているので、インサイトに来る人たちはホームレスの人や精神疾患があったり過去のトラウマをやり過ごし生き延びるためにドラッグを使用しているうちに依存してしまった人が多い。かれらは注射針の使いまわしや不衛生な環境などによって病気に感染したり、警察の目を逃れるため慌てて摂取して分量を間違えたりしてオーバードーズによって亡くなることが多く、とくに最近より危険性の高い合成オピオイドが出回るようになってオーバードーズの件数が増えている。インサイトのような施設はそうした現実の危機に対処するように設置され、新しい注射針や殺菌処置が施された器具や部屋を使い、看護師や医師の目が届くところで落ち着いて使用することでオーバードーズを予防したり、実際にオーバードーズに陥ってもすぐにナロキソン投与によって命を救うことを目的としたハーム・リダクションの取り組みの一つ。実際にインサイトでは、オープンして数十年にもなるのにオーバードーズによって亡くなった人は1人も出ていない。

本書のタイトルは「どうしてわたしは人々がドラッグを摂取するのを手助けするのか」というもので、そのタイトルのとおり、著者が自分の信仰について語りながら、どうしてインサイトでの活動が彼女が考えるキリスト教の教えに沿っているのか語るとともに、信仰を同じくするキリスト教徒たちに支持を訴えかける。基本的にドラッグ使用というか違法行為に対する倫理的な否定感情が強いキリスト教徒たちには受け入れられないことも多く、良識的な教会からは敬遠されることもあるが、著者の主張はキリスト教徒ではないわたしが考えるイエス像とも一致する。トラウマを手当てせずにドラッグ使用だけをやめさせようとすることの暴力性や、依存症治療を受けたくても医療側のキャパシティが足りずそう簡単には受け入れられない現実についての説明も重要。ただ、ブプレノルフィンとナロキソンが混合薬として提供されている点について、ちょっと誤魔化しを感じた(処方された通り使っている限りナロキソンにはなんの効用もなく、ナロキソンが混合されているのはぶっちゃけブプレノルフィン単独もしくはほかのオピオイドの濫用の危険があるという患者に対する不信だけが理由)。