Max H. Bazerman著「Complicit: How We Enable the Unethical and How to Stop」

Complicit

Max H. Bazerman著「Complicit: How We Enable the Unethical and How to Stop

ありもしない技術を宣伝して投資を集めたセラノスから多数の女性に性暴力を奮っていたハーヴェイ・ワインスタイン、オピオイド鎮痛薬の依存性を誤魔化したうえで無責任に販売したパーデュー・ファーマ、そして人権や民主主義を否定して権力の座にしがみつこうとしたドナルド・トランプまで、違法だったり非倫理的な逸脱をする人や企業の周囲には、それを見て見ぬ振りしたり影から支えておこぼれにさずかった共犯者たちがいた。それはたとえばセラノスの宣伝に協力したジョージ・シュルツ元国務長官だったり、ワインスタインの被害者にお金を渡して黙らせた部下だったり、パーデュー・ファーマの販売戦略を指南したマッキンゼーだったり、トランプの逸脱行為を止めなかった共和党の「まともな政治家」たちだったり。本書はビジネススクールの教授でありコンサルタントとしても活動する著者が、どうして人は悪事に加担してしまうのか、どのようにすればそれを避けることができるのか提言する本。

悪事に加担する人にもさまざまなタイプがいる。たとえばTim Miller著「Why We Did It: A Travelogue from the Republican Road to Hell」にも書かれているように、トランプの周囲にいた人にも本心からトランプの言動に賛同していた人もいれば、個人的なキャリアのため、あるいはトランプが減税や妊娠中絶規制など保守的な政策を実現してくれると信じて都合の悪い部分から目を逸した人もいる。また、自分がトランプの最悪の逸脱に対する歯止めになるのだと信じて結果的にトランプの言動を最後まで守り続けてしまった人も。トランプのように小さな逸脱を普段から繰り返していると(たとえば大統領就任式の参列者の人数を明らかに過大に主張するなど)、周囲の人たちは「ここまで許容したのになんでこれは駄目なのか?」というかたちでズルズルと大きな逸脱まで容認してしまいがち。その結果、トランプがクーデター未遂を起こしてもまだ共和党はトランプを切り捨てることができなくなってしまっている。

本書では著者自身が加担してしまった悪事についてもいくつか反省とともに報告されている。まず第一に、タバコ会社に対して司法省が起こした裁判において著者は政府側の証人として証言を求められたのだけれど、証言直前になって司法省の高官からタバコ会社に対する批判を抑えるよう要求された。政府側の証人として出廷するのに政府からわざわざ証言の内容を弱くしてくれと言われたことに疑問を感じたけれども、証言を変えるつもりはない、と伝える以外になんの行動も起こさなかった。あとで分かったことだが、当時のブッシュ政権はタバコ会社に対する処罰を軽くしようと暗躍しており、ほかの証人に対しても同じような要求をしていた。ほかの証人が不当に証言の内容を変えるよう要求されたことを告発したことでこの事が明るみになったが、著者は疑問を感じた時点で行動を起こすべきだったと反省した。

著者が反省するもう一つの悪事は、行動経済学者として有名なダン・アリエリーらと共著した論文の研究不正を見抜けなかったこと。この論文は、もともと著者のグループとアリエリーのグループが別に行っていた研究の内容がちょうどお互いを補っていたので一緒に書いたものだったが、アリエリーが使用していたデータ(保険会社から提供されたものだとアリエリーは釈明)の数値が明らかにおかしく、のちにほぼ確実に捏造であることが指摘された。著者はデータそのものを見てはいなかったものの、そのデータを元として論文に記述された数値が不自然であることには気づき、アリエリーを含む研究グループ向けのメールで質問したのだけれど、データそのものは共有フォルダに入れられておりもし著者がその気になれば簡単に見ることができたにも関わらず、とくに疑問が解決されないまま「そういうこともあるか」と見過ごしてしまった。また論文が不正だと明らかになるまえ、ミスがあるのではないかと指摘された段階で、著者は論文の撤回を申し出るようメールで研究グループに提案したものの、アリエリーに必要ないと言われて黙ってしまった。著者は自分一人でも学術誌に連絡を取って撤回を求めるべきだったと言う。

詐欺や不正や性暴力にそうと分かって進んで加担しようという人は少ないかもしれないけれども、大抵の不正や悪事は著者自身が感じたようなちょっとした疑問を軽視することや不作為によって幇助されている。はなから上司や同僚や共同研究者を疑ってかかるのは面倒だし、関係性を危うくしかねない。お互いを信用しつつも疑問があれば確認することを組織やグループのカルチャーにする、いざ問題が起きてからだとその場しのぎの対処になりがちなのであらかじめ様々な事態を想定して対応を決めておく、など具体的なアイディアも提示されている。