Laura Bates著「The New Age of Sexism: How the AI Revolution is Reinventing Misogyny」
インセル、ナンパ講師、男性分離主義者、男性権利活動家などさまざまなタイプのミソジニストたちについての本「Men Who Hate Women: From incels to pickup artists, the truth about extreme misogyny and how it affects us all」の著者が人工知能(AI)とセクシズムについての本を書いたと聞いて、アメリカでの発売は9月だけれど待ちきれずイギリスから入手。
本書はディープフェイクを使った本人の同意を得ない性的なメディアの生成と配布について扱った章からはじまり、メタバースにおけるセクハラや性暴力、セックスロボット、サイバー売春宿、画像を用いた性的虐待(よくリベンジポルノと呼ばれるもの)、AIコンパニオン(ガールフレンド)などのトピックを扱う。順番的に画像を用いた性的虐待の話を先にしてその次にディープフェイクの話をしたほうが分かりやすいのでは?と思うけれど、本書のなかで一番ショッキングなのがディープフェイクを使った性的虐待がどれだけ子どもたちのあいだで広まっているかという話なのでそこで始めたかったのは分かる。これらの話題はどれも理論的には女性だけが被害にあうものではないが、現実社会におけるミソジニーと性的な二重規範を背景として、そのほとんどが女性、なかでも非白人の女性やクィア&トランスの女性などより差別や偏見を受ける人たちの尊厳と社会参加を脅かす方向にはたらいている。
細かく見るとこれらのトピックは、特定の女性に対する直接の侵害行為となるものと、社会における女性の扱いを悪化させ女性の地位をおとしめるものに区別される。もちろん女性に対する侵害行為の蔓延は直接被害を受けた女性だけでなくその他の女性の自由も脅かすので、正確に言うと前者は後者の一部でもある。しかし女性に対するこうした侵害行為は、AIがもたらす他の弊害に比べて軽く見られがち。たとえばディープフェイクや生成的AIが敵対勢力によってプロパガンダに用いられ民主主義を脅かす危険は騒がれるのに、女性の政治家や候補者、政治評論家やコメンテータ、ジャーナリストや社会活動家たちを性的に貶める生成コンテンツの流布は個別の問題として扱われ、女性の政治参加を萎縮させる民主主義に対する脅威として扱われることは少ない。また、メタバースやソーシャルメディアにおける性的侵害については「嫌ならログアウトすればいい、ブロックすればいい」などと言われ、女性の社会参加を狭める対策が推奨される。そのようにして女性の被害は軽視され、十分な安全性を担保しないまま製品やサービスを公開しそのコストを女性たちに押し付けるテクノロジー企業の責任は意識されない。
セックスロボットからAIコンパニオンに続く話題では、特定の女性に対する直接の侵害行為ではないが、男性にとって都合が良くモノとして好きなように扱うことができる対象が女性的な表象を取って提供されることによる、現実の女性に対する扱いの変化が問題とされる。こうしたテクノロジーを提供する業者は、社会的に容認できない男性の性的欲求の捌け口を提供することによって現実の女性に対する加害行為を防いでいると主張するが、いっぽうそれらの企業の宣伝文句を見るとセックスロボットやAIコンパニオンは「現実の女性のような面倒がない、より優れた女性」として宣伝されており、未成年を模して作られたものや黒人女性やトランス女性に対するフェティッシュ的な扱いを肯定するもの、レイプをシミュレーションするために抵抗したり嫌がったりするものなど、さまざまなタイプが提供される。現実に捌け口がない欲望を抱いている人たちや孤独に苦しむ人たちに対する社会的救済は考える必要があるが、市場が現時点でもたらしているのは、現実の女性と女性を模したロボットやチャットボットとの境界を曖昧にし、女性や子どもに対する加害的な欲望を肯定する方向に社会的規範をシフトさせるものだ。
サイバー売春宿についての章は性産業で働いている女性たち(だけではないが、大半は女性)に対する影響について当事者の声も取り上げている。ここでサイバー売春宿と呼ばれているのは、セックスロボットを使ったもの、メタバースなど仮想現実(VR)を使ったもの、そしてそれらを組み合わせた拡張現実(AR)を使ったものがある。性労働者はただでさえ自由に性的欲望をぶつけても構わない対象として扱われがちで、性労働者に対する暴力は少なくないが、こうしたテクノロジーは女性に対する性的加害や未成年に向かう性的欲望を受け入れるかたちで採用される。こうした動きは現実の性労働者たちにロボットやVRと競争するためにより加害的な行為を受け入れざるを得ない状況に追いやり、また性労働者に対する性的加害を容認する社会規範を強化する。ただしVRやARの過渡期において、直接客と触れ合わず、直接的な加害を受けずに身体的な動きや音声だけトレースする形の労働が可能になるなど、これまでより安全に働くことができるようになった性労働者もおり、そのあたりは複雑。ただまあ彼女たちの労働はデータとして学習されそのうちAIに取って代わられる気がする。
これらの問題をまとめたうえで著者は、ディープフェイクを用いた特定個人の性的画像の生成・配布のような直接的な加害行為について法改正によって処罰すると同時に、こうしたテクノロジーを生み出す企業に製造物責任を負わせるなどして安全性を担保させること、そしてテクノロジー開発の現場により多く女性やその他の多様な人たちを参加させることによって特定の集団に偏って生じる弊害を製品公開前に阻止することなど。セックスロボットやAIコンパニオンが社会的規範に与える影響は、技術の飛躍的な進歩だけでなくコミュニケーション能力があるように見えるAIにリアルな人格を見出してしまう人間の習性から、これまでさんざん議論されてきた暴力的ポルノグラフィの社会的影響を大きく超えてくる可能性があり、これまでの議論がそのまま通用するとも限らない。
実はわたし、去年から今年にかけてワシントン州議会でディープフェイクを使った特定個人に対する性的画像の生成・配布についての法案の成立に少し関わっていたのだけれど、テクノロジー企業に対する責任追及を行わないまま、悪ふざけしてクラスメイトの女子に加害してしまった男子生徒たちの処罰を優先する州政府の方針に疑問を持っている。画像生成AIの開発に使われた学習データには現実の子どもに対する性的虐待を撮影したメディアが多数含まれていることは既に確認されており、本書はディープフェイクを使った性的虐待の違法化を支持しつつ、テクノロジー企業の責任を第一に主張していて良かった。