Kyne Santos著「Math in Drag」

Math in Drag

Kyne Santos著「Math in Drag

『ル・ポールのドラァグ・レース』のカナダ版第1シーズンに出演したフィリピン生まれカナダ育ちのドラァグクイーンが数学について語る本。大学で数学を専攻した著者はドラァグ衣装で数学について解説する動画をたくさん投稿して人気を博しており、これはその書籍版。

本は無限大についての章からはじまり、ゼロ、円周率、虚数、数列、論理、その他のトピックを著者自身の経験を交えながらおもしろい逸話やクィアな解釈でぐいぐい読ませる。著者自身の「ドラァグ・レース」での経験をもとにゲーム理論や行動経済学について解説したり、確率論をポケモンで、平均値と中央値の違いをPSYとBLACKPINK(BLɅϽKPIИK)の動画再生数で説明したりして「そう来るか!」と驚かされてばかりだけど、内容もちゃんと頭に入ってくる。

実数(real number)とか虚数(imaginary number)という用語があるけど実数が本物で虚数や複素数は偽物という意味ではなくどっちもリアルなんだよ、という話に「本物の」女性や男性という概念によって排除されているクィアやトランスのリアルをなぞらえたり、ユークリッド幾何学のルールが通用しない非ユークリッド幾何学にクィアな可能性を見出すなど、数学がどれだけクィアでゲイなのか楽しく教えてくれる。こんな先生に数学を習いたかった。

しかし近年世界中でドラァグに対する政治的な攻撃が増えてきており、ドラァグを通して数学の楽しさを伝えようとする活動をする著者も「子どもをグルーミングしようとしている」と叩かれるのが理不尽。著者は本当にドラァグが好きで、数学も好きで、その両方の素晴らしさをみんなと分かち合いたいと思っているだけなんだけど。先日紹介したJo Boaler著「Math-ish: Finding Creativity, Diversity, and Meaning in Mathematics」が数学教育の新たな理論の本だとすると、本書はそれをファビュラスに実践する素晴らしい本。