Kathleen M. Crowther著「Policing Pregnant Bodies: From Ancient Greece to Post-Roe America」

Policing Pregnant Bodies

Kathleen M. Crowther著「Policing Pregnant Bodies: From Ancient Greece to Post-Roe America

妊娠中絶の権利を保証した最高裁判例が破棄され、望まない妊娠を中絶できない女性が増えただけでなく、流産したことで逮捕されたり、妊娠中絶に繋がる危険性から妊娠している可能性のある患者の健康のために必要な医療措置や医薬投与が躊躇され多くの女性の命が脅かされるなか、そうした状況を生み出した背景にある古代ギリシャから現代までの欧米文化における妊娠についての通説や思想を振り返る本。

古代ギリシャに遡り現代の英語にも受け継がれている妊娠を表す表現に、「パンはオーブンに入っている」というものがある。しかしパンを焼こうと思ったら一番大変なのは材料を混ぜ捏ね合わせ一次発酵させ〜といった、オーブンに入れる前の作業であり、オーブンに入れたあとは焼き上がるのを待つだけ。長期にわたって胎児を体の中で育て出産する大変さと釣り合いが取れないが、これは精子こそ生命の根源である活力の元であり子宮は受動的にただそれを置いておくための道具だとする欧米文化の歴史的な認識に基づいている。そればかりか、子宮は胎児にとって毒となる穢れた経血が溜まっている危険な空間であるという考えのもと、妊娠する身体は胎児と敵対する信用できないものであり、それを持つ女性は男性を騙して子どもを授かり、あるいは勝手に胎児を中絶しようとする存在だとする思想が歴史的に受け継がれている。

妊娠している身体の権利と胎児の権利を対立させる反中絶運動の論理や、妊娠している人の食生活や生活態度に対する厳しい監視と注文、流産や障害児の出産などに対する責任追及などは、こうした歴史的な価値観に基づいている。もし本当に胎児の健康を守ることが目的であるなら、妊娠している人の健康を向上させることが有効であり、そのためには医療アクセスの向上だけでなく、誰もが健康な生活を送ることができるような経済的条件や環境の維持を目指すべきだが、胎児の権利を守るためと妊娠中絶を禁止する州にかぎって医療アクセスを広げようとするオバマ政権の医療保険制度改革への参加を拒否したり、劣悪な環境や労働条件を放置している。その一方で、胎児の健康を脅かすとされる生活習慣のある人たち、多くは黒人や先住民の女性たちを倫理的に劣った存在として取り締まり、時には「胎児の安全のため」と称して強制的に留置所や病院に拘束してまで出産させようとする。

歴史上さまざまな(男性)哲学者や医者たちが語ってきた妊娠についての言説は科学的にデタラメであるばかりかあまりに女性蔑視的すぎて唖然とさせられるのだけれど、それが現在の法律や妊娠した人たちに対する社会的な態度に影響を与えているとなると笑い話では済まない。てゆーか現代にも「ほんとうにレイプされたのであれば母体は生殖機能をシャットダウンするので望まない妊娠をすることはない」とか言う男性政治家はいるか。妊娠中絶の権利を守るだけではなく、妊娠している女性を危険視し胎児と対立させるような考え方自体に抵抗する必要がある。