Josephine Ensign著「Way Home: Journeys Through Homelessness」
ワシントン大学の看護学教授として働くかたわら、ホームレスの人たちへの支援やホームレス問題への政策策定にも関わる著者が、大学のあるシアトル市・キング郡のホームレス問題への先進的な取り組みについて紹介する本。
はじめ本の紹介で「シアトル市・キング郡の政策はホームレス問題を解決するためのモデルとして全国に広めるべき」と書かれていたのを読んで、いやいやシアトルといえばサンフランシスコなどと並んで全国で最もホームレス問題が深刻な街の一つで、全然解決してないだろ!と思ったのだけれど、問題が深刻だからこそさまざまな実験的な取り組みが行われているのも事実であり、そうした記述についてはおおむね納得がいくものだった。
特に本書はコロナウイルス・パンデミックの際に、従来のホームレス・シェルターが集団感染源となることを防ぐために市や郡が行ったさまざまな施策(パンデミックによる需要減で潰れかけていたホテルを買収して一時的な住居としてホームレスの人たちに提供するなど)について詳しく語られているほか、薬物依存やメンタルヘルスの問題を抱えている人たちに対して「まず治療を受けさせて、準備ができたら住居支援をする」という従来のやり方をひっくり返し、まず住居を与えたうえで本人が望むなら治療はその後、というハウジング・ファーストやラピッド・リハウジングの取り組みなどについても紹介される。また、シアトル市の住民により進められているソーシャル・ハウジング(大規模な公的住宅)導入の動きについても。
著者はこれらの政策は従来のものよりホームレスとなってしまった人たちの自立に漕ぎ着ける可能性が高いとしてさまざまな調査のデータを示し、それらには一定の説得力はあるのだが、なんにせよスケールが圧倒的に足りていない。わたしの経験から話すけれど、たとえばハウジング・ファーストの取り組みでは、入居費用を政府が負担するとともに一年なり二年のあいだ家賃の一部を補助する(はじめは全額、だんだん減額していく)といった形で本人の自立を支えるモデルだが、なんにせよ家賃の高騰に収入増が追いつかないシアトルでは難しい。さらに困ったことに、ハウジング・ファーストは一時的な支援さえ受けられれば自立が可能な人たちに対しては有効だが、実際のところ予算が十分ではないため、「ホームレスの状態にあることでよりコストがかかっている人たち」(依存症や障害・持病などにより、頻繁に警察沙汰になったり病院の緊急治療室に駆け込む必要がある人たち)への支援が優先されており、そういった人たちは一年や二年の補助で自立することは難しい。一定期間内に自立できない場合、ふたたび住居を立ち退きさせられホームレスに逆戻りしてしまう。ハウジング・ファーストが有効な人たちに対してはそれが提供されず、ハウジング・ファーストでは不十分な人たちにそれが提供されているという政策的なミスマッチが起きている。
そういうわけで、本書に書かれていることは間違っていないし、シアトルほど問題が深刻ではない街なら成功するかもしれない提案がたくさん含まれているのだけれど、とにかくスケールが足りていないせいでどうにもなっていないし、シアトルを見習えとは言いにくい情勢。そればかりか、シアトルのようにリベラルなホームレス支援政策を取っている地域が深刻な問題を抱えている事実そのものが、「行政が支援なんかするから甘えてホームレスになるんだ、放っておけば勝手に自助努力する」と主張する右派の根拠とされてしまっている。
どうしてシアトルでホームレス問題が深刻なのかは、同じワシントン大学の研究者の著書でり、本書でも参照されているGregg Colburn & Clayton Page Aldern著「Homelessness Is a Housing Problem: How Structural Factors Explain U.S. Patterns」にも書かれているとおり、人口増加と地理的・制度的な理由による住宅供給の弾力性欠如が組み合わさった結果であり、決して「シアトルがホームレスに優しすぎる」せいではないのだけど、結果が出せていないのに全国に広げるべき優れた施策などと言ってもバックラッシュを招くだけなので、ゲイツ財団あたりが10億ドルくらい寄付してソーシャル・ハウジングの実験やってくれないだろうか。