John Green著「Everything Is Tuberculosis: The History and Persistence of Our Deadliest Infection」

Everything Is Tuberculosis

John Green著「Everything Is Tuberculosis: The History and Persistence of Our Deadliest Infection

デビュー作の『アラスカを追いかけて』ほか多数の小説が日本でも出版されているベストセラー作家が、別の取材で訪れた西アフリカ・シエラレオネ共和国の病院で子どもの患者に出会ったことをきっかけに結核に興味を抱き、何十年も前に治療法が確立しているにも関わらずいまも毎年世界で最も多くの犠牲者を出し続けている(2020年から2022年のあいだだけCOVID-19による死者が結核を上回った)この感染症について調べ尽くし、その背後にある社会的・国際的な不公正を告発する本。

「全ては結核に繋がっている」というタイトルのとおり、ニューメキシコ州の成立や第一次世界大戦の勃発などの歴史的事件に結核がどう関わっていたかという話や、のちにシャーロック・ホームズを生み出した医師コナン・ドイルがホームズばりの推理力で結核の研究に関わった話、ある時期のヨーロッパで結核は上流階級の人たちとくに文学や芸術の才能のある人たちがかかる病気だという考え方があり、ロマン主義的な演劇のなかでハンカチに吐血する描写が悲劇の象徴として描かれるようになった話など、雑学的な意味で興味をそそる話も多いのだけれど(あと正岡子規についても何度か触れられているし)、本書を通して語られるのは結核が(そしてほかの疾患の多くも)人種や階級に基づいたさまざまな不均衡と切り離せない社会的事象であること。

結核の感染や結核による死者はアジア・アフリカの途上国で最も多く、また先進国のなかでは居住区に住んでいる先住民や都市のスラムに住んでいる貧しい黒人など非白人が圧倒的に多い。それは結核が人が密集した地域で集団感染しやすい感染症であるとともに、多くの人は感染しても発症しない一方、ストレスや栄養不足・ほかの疾患などによる免疫低下に伴って発症するものであることが関係している。抗生剤による治療は確立しているものの、中途半端な治療により病原体が耐性を獲得しつつあることが問題視されている。

シエラレオネでは、もともと医療や栄養の不足などにより結核が広まりやすい環境にあったが、エボラ出血熱の流行によって医療体制が崩壊したことで、治療中の結核患者たちの多くが抗生剤の使用を中止せざるをえない状態になり、それをきっかけに耐性を持つ結核が広まった。そうでなくとも、それまで食欲がなかった患者が投薬によって元気を取り戻したけれど今度は食料がないため空腹に悩まされて投薬をやめてしまったり、一時的に症状が収まると家族の食料を買うために薬を別の人に売ってしまいまた症状を再発する人たちも。また国際支援団体のなかには、アフリカの人たちは薬を与えても少し症状が改善すると勝手に摂取をやめてしまったり薬を転売したりするので信用できない、という偏見があり(アフリカの人でなくても薬の摂取を勝手にやめる人は世界中にいるし、第一食べるものに困っていたら誰だってそうする)、だから一度に薬を処方せずに毎日クリニックに越させて職員の見ている前で薬を飲ませる、という制度がスタンダードになっており、それがまた人々が治療を受ける障壁になってしまっている。眼の前の患者を救うことよりも耐性を生まないことを重視しているのかもしれないけれど、結核治療を人々に行き渡らせるためには結核治療だけでなく食料やその他の問題も解決しなければいけない。先進国の人たちはより新しい、副作用も少なくより効果的な薬を使うことができるのに、途上国ではコストを節約するために失明など深刻な副作用の危険がある薬がいまも使われ続けている。

こうした問題は、HIV/AIDSをめぐっても起きている。先進国ではHIVに感染してもウイルス数を感知限界以下にまで減少させ第三者に対する感染も起きないようにする薬が普及しつつあるが、途上国では長年そうした薬は手に入らなかった。インド政府など一部の政府がジェネリック薬の生産・販売を認める方針を取ったことや、それに顧客を奪われることを恐れた製薬会社が対抗して国別の料金を設定したことによってかつてよりは状況は改善しているが、抗HIV剤は毎日決まった時間に服用する必要があり、薬を安全に保管できる住居や安定したルーチンのある生活を送ることができるだけの余裕がなければ難しい。そしてAIDSが発症すると、それまで免疫によって抑え込まれていた結核も同時に発症してしまう。

結核は決して解決できない問題ではなく、どうすれば発症を止めることができるのか、死者を減らすことができるのかは、何十年も前から答えが出ている。現に死者の大部分はアジアやアフリカの途上国に集中しており、先進国では結核に感染しても医療を受けられれば完治することができる場合が多い(公衆衛生行政を意図的に破壊しつつあるいまのアメリカはもう駄目かもしれない)。にもかかわらず、全盛期のCOVID-19と同じくらい多くの人が毎年犠牲になっているのは、結核治療のオプションが足りていない以上に、人々が結核治療に集中できるだけの生活の安定が実現していないせいでもある。

著者はベストセラー作家として、そして最近ではYouTuberとしても多くの人たちから注目を集める立場にあり、本書は著者がその知名度や影響力を使い、なんとしてでも結核がどう世界の不公正に繋がっているのか、どうして人々が行動を起こすべきなのか、社会に訴えたいと思って書いた本。何百万人、何千万人という数字ではなく一人ひとりの生きている人の命と生活を尊重するとはどういうことなのかという思いに共感しつつ、最初出会ったときはなにかお手伝いでもしている病院の職員の子どもではないかと著者が思った結核を患った一人の男の子との出会いから最後の全世界への訴えかけまで一気に読まされた。COVID-19をめぐる同種の議論としてSteven W. Thrasher著「The Viral Underclass: The Human Toll When Inequality and Disease Collide」も参照。