Jillian Berman著「Sunk Cost: Who’s to Blame for the Nation’s Broken Student Loan System and How to Fix It」

Sunk Cost

Jillian Berman著「Sunk Cost: Who’s to Blame for the Nation’s Broken Student Loan System and How to Fix It

アメリカで深刻な問題となっている学生ローン危機がどう作り出されたのか、どうして改善されないのか、その歴史を紐解く本。

学生ローンがアメリカ社会にもたらしている影響は膨大。かつてのアメリカでは高卒でもそこそこの生活ができる仕事を得ることができたし、学費も一般的な中流家庭が子どもを大学に送れる、あるいは親からの援助がない学生も夏休みに頑張って仕事をして残りの時期も無理のない範囲でバイトをすれば生活費込みで支払える範囲だったが、そういう時代は何十年か前に終了した。企業の採用基準が上がり大卒の資格がなければまともな収入が得られる仕事に就くこともできないと言われる一方、学費は物価上昇をはるかに上回るスピードで上昇し、ついにはよほど運がよくなければ多くの人たちが卒業してからのローン返済によって生活を左右され、一生かけても支払いが終わらないどころか利息が増え続ける人も少なくない。

自分の家庭は裕福ではなかったが大学には送ってもらった、自分は親に頼らず必死に働いて自分で学費を稼いだ、という年配の人たちもいるが、それが可能だったのは当時の大学の学費が州と連邦政府の予算によって安く設定されていたから。現在の状況に陥ってしまったのは、若者が大学に贅沢なアメニティを求めすぎたせいでも、真面目に働いて学費を自分で払う、あるいは学生ローンをきちんと返済するという労働倫理を失ったからでもなく、政策的な選択の結果だ。

本書は第二次世界大戦に従軍した元軍人に対する支援の一部として大学の学費を支給したGI法(1944年復員兵援護法)から現在まで、アメリカ政府の高等教育政策の変遷を追いつつ、どのようにして政府の援助が打ち切られ、民間に食い物にされるようになっていったのか明らかにする。これはまた、大学に行くのは白人男性だけだとされていた時代には「より高い教育を受けた国民が増えることは国益になる」とされていたのが、次第に女性や非白人たちが大学に進学するようになるとともに「大学に行くのは個人的な目的のためだから国が支援する必要はない」とされるようになるまでの歴史でもある。

学生ローンは金融商品の一種だが、政府の介入がなければ存在するのが難しいものでもある。住宅ローンであれば支払いが滞った場合その住宅を差し押さえればなんらかの負債は回収できるが、ある人が大学に行くことで得た知識・経験や人的資本は回収することができない。大学を卒業した時点でほかの資産を持っている学生なんてほとんどいないので(そんなのがあればローンは必要ない)、極端な話、卒業式の翌日に破産宣告されてしまえばそのローンは回収しようがない。しかしそれは同時に、住宅を手放すことで借金を相殺するといったことも学生ローンではできないため、破産宣告しない限り返すしかない。学生ローンは自分の人的資本を増やすための自己投資であり、借りた分以上に将来の収入が増えるので良い借金である、という前提が長く信じられてきたが、そのバランスが崩れ、しかしまともな生活をするためにやはり学歴が必要とされる状況が続いていることが、現代の危機の構図だ。

GI法を通してアメリカ政府が(実質的に主に白人の)退役軍人たちに大学に行く機会を広く与えた時点から(あるいはGI法の原型となる第一次世界大戦後の施策の時点から)私企業による食い物化ははじまっている。突然増えた高等教育機関への需要の高まりを受け全国で多くの新たな学校やプログラムが設立されたが、その中には政府からの資金を目当てに対して役に立たない授業を行い派手な宣伝をして退役軍人たちを集客する営利目的の学校も多数あった。これらの学校には基本的に退役軍人以外の学生、すなわち自分のお金で入学しようとする人はいなかったので、政府は「最低でも授業料収入の1割はGI法以外から来なくてはいけない」などの規則を作ったが、私学校側は授業料を少し上げて足りない分だけ退役軍人たちに学生ローンを組ませるなどしてさらに搾取の度合いを深めた。

そうした政府と業者とのいたちごっこがしばらく続いたが、レーガンがカリフォルニア州知事を経て大統領に就任して以降の規制緩和によって政府と民間との関係は大きく変化した。レーガンが州知事だった当時、カリフォルニアではUCバークレー校をはじめとする州内多数の大学でヴェトナム反戦運動やブラック・ナショナリズムの運動などが活発だったが、レーガンはこれらの運動の存在をカリフォルニア州内の公立大学の授業料が当時無償だったことと結びつけ、教育予算を削減して学費を払わせることで学生運動をやっているような不真面目な学生を排除できると考えた。無償の高等教育が社会の、そして州の利益になるという考えを撤回し、高等教育のコストは自己投資によって利益を得ようとする本人に支払わせるのが良い、納税者にそれを援助する理由はない、という自己責任の論理が全国に広がった。と同時に規制緩和により学生を騙して高額の授業料を搾り取ろうとする営利目的の学校や、あえて知らないうちに借金が増えたり完済が困難になるよう設計された学生ローンなども横行していく。

こうした搾取的な学校や学生ローンは、特に貧しい地域や家庭、非白人、女性らをターゲットとした。白人中流家庭の男性はほかの白人中流家庭の男性と繋がっているため、周囲に相談できる大卒の人が多いためそうした仕組みには引っかからないが、これまでそうした機会を奪われてきた人たちは大学の選び方や学生ローンの仕組みについて相談できる人が周囲にいない。また既に働いていたり子育てをしている人が多く、「高校を出たばかりの若い人を対象とした伝統的な大学ではサポートされないあなたのような人に寄り添った支援があり、無理なく卒業できるプランを取れます、あなたのキャリアに直結するスキルを得られます」という宣伝を真に受けて、実際には伝統的な大学のほうがそうした支援やプログラムも充実しつつあるのに、自分のような伝統的な学生とは外れた人間を活かしてくれるのはこの学校だと騙されてしまう。

大学を卒業するために必要な学費と卒業後に得ることができる収入のバランスが崩れ、学生ローンへの支払いができずに破産宣告に追い込まれる人が増えてきたとき、政府は学生ローンの返済義務を破産制度の対象外とすることで学生ローン制度の崩壊を避けようとした。大学で得た人的資本は破産宣告を受けても変わらず本人のものなのだから、ほかの借金と異なり返済義務を免除すべきではないという建て前だ。また学生ローンを提供している業者が支払いに困っている返済者のために一時的に返済を停止する(ただし利息は複利で増え続ける)仕組みを紹介するなどしたことで、支払い残高がもともと借りた額の何倍にもなり一生かけても払いきれない常態に陥る人も増えていく。

こうした構図に対する批判が噴出したきっかけは、2011年におきたウォールストリート占拠運動。大富豪以外の99%を自称する活動家たちによってウォールストリートの中心にあるズッコーティ公園が数ヶ月に渡って占拠された事件のなか、学生ローンの取り消し(返済免除)の主張が掲げられ、はじめてそうした声が主流なメディアに乗せられた。当初はまだ「活動家の言う夢物語の一つ」として扱われていたその主張は学生ローンによって人生を握られている多くの人たちの共感を集め、2020年の大統領選挙ではついにバイデン元副大統領が選挙公約に掲げるまでに。ただし当選したバイデンによる大統領令は最高裁の保守派判事たちによって大部分が阻まれた。(あとオバマの健康保険改革の一部に小規模だけれど学生ローン規制改革が盛り込まれていたって初めて知った。規模の小ささといいあれだけギリギリ成立させた法案に紛れ込ます手腕といいオバマっぽい。エリザベス・ウォレンはこの種の話だと必ず登場して必ず人よりずっと早く問題を把握して発言しててすごい。)

バイデンの政策が実現しなかったことは、2024年大統領選挙においてハリス副大統領が当選できなかった要因の一つでもあるとおもうのだけれど、彼女に勝ったトランプは自身が「トランプ大学」という営利目的の学校(ただし正式に学校として認可はされていない)を設立して詐欺的手法によって「学生」を集めテキサス州を含む複数の州によって捜査された過去があり(最初の当選後に当時のレートで約270億円払って和解)、そもそも高等教育そのものを敵視し教育省の廃止を主張する始末。政府が営利目的学校の規制や学生ローンの運営・規制からさらに手を引くと、トランプの経済政策によって仕事を失いキャリアアップを狙って大学に行こうとする多くの人たちが今後さらに食い物になっていきそうで気が重い。