Jennifer McAdam著「Devil’s Coin: My Battle to Take Down the Notorious OneCoin Cryptoqueen」

Devil's Coin

Jennifer McAdam著「Devil’s Coin: My Battle to Take Down the Notorious OneCoin Cryptoqueen

OneCoinという実際には存在しない暗号通貨をマルチ商法を通して世界中で販売した「暗号女王」ことRuja Ignatovaを追い詰めたチームの一員として積極的に発言してきた著者による本。チームのほかの人たちが暗号通貨の専門家やジャーナリストなどの専門職であったのに対し、著者はOneCoinに早い段階で投資した被害者の一人で、ほかの人を勧誘してしまったという意味ではそういうつもりもないまま加害者にもなってしまったスコットランド人の女性。

OneCoinとIgnatovaについてはBBCが2019年に製作したポッドキャストシリーズとそれを元にした(Ignatovaの行方について新たな情報も書かれている)Jamie Bartlett著「The Missing Cryptoqueen」に詳しいけれども、本書はそうした俯瞰からではなく、ドメスティック・バイオレンスや持病による長期的な障害を経験し経済的な安定を求めた著者がIgnatovaが与えた夢を信じ、父親が生涯をかけて貯めた遺産を騙し取られ、そしてそれに気づき、お金が戻ってこないであろうことを理解しつつも、さらなる被害を食い止め詐欺犯らに責任を取らせようと闘った、一人の個人の経験が綴られており、すでに「The Missing Cryptoqueen」を読んでいてストーリーを概ね知っていた(著者はBBCポッドキャストにも協力している)わたしでも十分興味深く読めた。

著者はファッションをバッチリ決めたカリスマ性のあるIgnatovaに魅了され、ビットコインの急騰には乗り遅れたけれどもOneCoinに投資すればいずれはビットコインより大きくなる、と信用し、約280万円の父の遺産を投じてしまう。冷蔵庫が故障するなど生活費が必要となり、OneCoinを現金に変えて引き出そうとするも、そのたびに「これから価値がどんどん上がるのにいま引き出すなんて馬鹿げている」と説得され、実際には引き出せないことに気づくのが遅れてしまった。

OneCoinはビットコインと同じような暗号通貨だという触れ込みだったけれども、実際のところ暗号通貨に不可欠なブロックチェーンは存在せず、OneCoinのサイト上に表示される(どんどん増えていく)残高にはなんの根拠もなかった。ビットコインなどではブロックチェーンがあるおかげで誰か特定の人が管理せずとも誰にも改竄できない信用できる支払いの記録を蓄積することができるとされているが、OneCoinはブロックチェーンを公開せず同社が管理する中央集権型の暗号通貨というよくわからない存在だったため、暗号通貨の専門家らから疑問視された。著者はそうした専門家らとネットで激論を交わすも、そのことがのちにOneCoinへの疑いを抱くきっかけになる。てゆーかOneCoinの中の人がどうせ彼女には分からないだろうと「ブロックチェーンは社内のSQLサーバにちゃんと記録されているから安心しろ」と彼女に説明したことが、「いやSQLサーバにブロックチェーンは入らんでしょ、てゆーかSQLサーバに入っているってことは、それってなんの根拠もないただのデータベース上の数字じゃね?」と著者に気づかせる要因になったらしい。

OneCoinが詐欺だと確信したあとの著者は、OneCoin支持者らのフェイスブックグループで発言したり、ウェビナーを開催するなど、積極的に発言していった。彼女が設置したOneCoin被害者のグループには多数の人が参加し(Ignatova本人もスパイのために入ってきていたらしい)、国や言語ごとに多数のグループが傘下に生まれた。著者は連日、Ignatovaの背後にいるとされるブルガリアやロシアのマフィア関係者と思われる人たちの脅迫に怯えながら、機械翻訳を頼りに世界100以上の国の被害者たちと連絡を取り合い、全財産を失い自殺を考えている人たちを支えた。本書にはそうした他国の被害者たちの生の声もたくさん掲載されており、OneCoinが著者のような先進国の人たちだけでなく、アフリカやアジアの貧しい街で牧師や地元の権力者らを手下に加え、銀行口座を持たず起業する機会にもめぐまれない多くの人たちを食い物にしてきたことが分かる。

財産を失った人が自殺したり不幸のどん底に落とし込まれただけでなく、地域社会を崩壊させOneCoinに騙され資産を失った犯罪組織が勧誘してきた人たちを見せしめに処刑する事件なども起きるなか、一人の被害者である著者がこれだけ活発に活動し、被害を表沙汰にしたくない人たちの声をメディアや捜査当局に届けたの、本当にすごい。「The Missing Cryptoqueen」とともに是非。