Jeff Forret著「The Price They Paid: Slavery, Shipwrecks, and Reparations Before the Civil War」
アメリカで南北戦争が起き黒人奴隷制が撤廃される以前に、奴隷解放の損害賠償をめぐってアメリカとイギリスのあいだで起きた対立の歴史についての本。
イギリスが奴隷貿易を禁止したのは1807年だが、すでに大英帝国の植民地で働かされていた奴隷たちが解放されたのは1833年。アメリカとイギリスのあいだで対立が起きたきっかけは、アメリカ人が所有する黒人奴隷たちを輸送する運搬船がカリブ海で難破し、救助された「積荷」の奴隷たちが当時イギリスの植民地だったバハマ諸島に上陸したことだった。法律によって奴隷の輸送を認めていない現地のイギリス人政府は、かれらに自由人となるか奴隷としてアメリカに帰国するか聞き取り調査を行い、(おそらくアメリカに愛する家族がいるなどの理由で)アメリカに戻ることを希望したごく一部の人たちを除いた大多数が自由人としてバハマに定住することを望んだ。
奴隷制度が存続する南部の勢力が強かった当時のアメリカからすれば、これはイギリスはアメリカ人の財産を勝手に押収したことになる。当時の奴隷所有者たち、あるいはかれらが奴隷にかけていた保険金を支払わされた保険会社などは奴隷の返還か、それが不可能であるなら賠償金を支払うべきだとして、アメリカ政府を通して要求を突きつけた。賠償金というなら奴隷として労働を強要され搾取されていた黒人たちこそ奴隷所有者たちから賠償金を受け取るべきだと思うのだが、イギリスが奴隷制を一切認めていないのであればまだしも、自分たちの奴隷所有は肯定しておきながらアメリカ人が所有する奴隷を勝手に解放するのはおかしい、という論理もそれなりに合理的な気がしないでもない(クソだけど)。
さらに続いてバミューダなどほかのイギリス植民地にも別のアメリカの奴隷運搬船の難破にあった奴隷たちが何隻分か上陸し(難破しすぎだろおい)、さらにはイギリス植民地に上陸した奴隷たちが解放されたという話を聞いた黒人奴隷たちが運搬中に自由を求めて反乱を起こし意図的にイギリス植民地へと渡航するなどして、両国の対立はさらに激しくなっていく。その途中でイギリスでは完全な奴隷制廃止が行われ、それによってアメリカ人奴隷所有者に対して損害賠償する根拠はさらに薄れたかと思いきや、イギリスは自国の奴隷所有者たちに解放される奴隷たちの資産価値を賠償する方式を取っており(奴隷所有者たちに損害賠償するためにイギリス政府が負った莫大な借金は、2015年に完済するまでその後100年以上かけて支払いが続けられた)、自国の奴隷所有者たちに奴隷を解放する代わりの賠償金を支払うならアメリカ人奴隷所有者たちにも当然払うべきだという議論にもなる。奴隷制の熱烈な擁護者であるジョン・C・カルフーン上院議員ら一部の政治家はイギリスとの三度目の戦争を提唱するなどした。
結局、戦争を避けるためにイギリスが折れ部分的に賠償金が支払われたのち、アメリカでも南北戦争を経て奴隷制が(奴隷所有者に何の賠償も与えられないまま)廃止されたこともあり両国の対立は解消された。南北戦争の最中には、南部の黒人たちに味方として参戦するよう促すために連邦軍は解放された奴隷たちに土地を与えることを約束したが、その約束は結局果たされず、その後もさらに黒人から権利を取り上げ二級市民としての扱いが続いたが、黒人運動のなかでは昔から奴隷制やその後の差別的政策の被害を受けてきた黒人たちに政府は賠償を行うべきだ、という議論が続いている。奴隷制に対する賠償を求める運動に対しては「現実的ではない」「昔のことだ」と否定する人も多いが、白人奴隷所有者たちがあれほどまで自分たちの損失(奴隷解放)に対する賠償を要求し政府を動かしてきた(そして一部は賠償を勝ち取ってきた)事実と比べれば、元黒人奴隷の子孫による賠償請求はその何億倍も正当性がある。