Jamie Tahsin & Matt Shea著「Clown World: Four Years Inside Andrew Tate’s Manosphere」
2022年に極端なミソジニー思想で多くの若い男性たちの支持を集めるインフルエンサーとなり、のちに性的人身取引や性暴力の罪で逮捕されたアンドリュー・テイトとその弟トリスタン・テイトについての本。著者は倒産前のオンラインメディアVICEでドキュメンタリを作るためにテイトに密着していたことをきっかけにかれが性暴力の告発を受ける過程に立ち会ったジャーナリスト。逮捕後に完成したドキュメンタリは今でもYouTubeに掲載されている(けれど日本からは見られないかも?)。
あまり知られていないキックボクサーだったテイトは生まれ育ったイギリスでリアリティ番組にいくつか出演したが、「ビッグ・ブラザー」に出演中に複数の女性に対する性暴力で捜査されていることがわかり番組によって降板させられた。その後トリスタンとともに多数の女性たちをマインドコントロールしてウェブキャム(アダルトビデオチャット)などオンラインセックスワークに出演させて稼ぎを搾取するとともに、ほかの男性たちにそのやり方を教える情報商材を販売するようになった。その内容は、女性を孤立させ自信を失わせ自分に依存させたうえで支配するというもので、ときには暴力をふるって立場をわからせることも肯定した。社会は暴力的であり自分の力で自分と自分の女を守れる男だけが自由に生きることができるという力強い信念と、その後ろ盾となる鍛えた体、たくさんのスポーツカーを並べたり美しい女性たちを周囲に侍らせる自己プロデュースは多くの若い男性たちの支持を受け、無名のパーソナリティだったテイトは一躍「世界で最も検索される男」になる。また、情報商材の売り込みのためにアフィリエイトプログラムを利用し、ファンが投稿した動画のリンクを通して売れたサブスクリプションの代金の一部をそのファンに還元することで、本人がどれだけアカウントを停止されても本家の動画を切り貼りして作ったファン動画が勝手に情報商材を売ってくれるシステムを作り上げた。
Erin McElroy著「Silicon Valley Imperialism: Techno Fantasies and Frictions in Postsocialist Times」でも触れられているように、テイト兄弟はルーマニアの首都ブカレストに本拠地となるウォー・ルームを設置し、そこから世界に動画を発信した。著者はジャーナリストとしてテイトに取材を申し込み、高額の参加費を払った会員だけが参加できるイベントにも参加、参加者同士でそれぞれ一対一の決闘をしろという無茶振りも受け入れたことでアンドリューから「リベラルメディアにしてはやる」程度に認められてかれへの取材をその後も認められることになる。はじめは危険な新たなミソジニーの震源地に取材するつもりが、思いがけず性暴力や性的人身取引の容疑者に最も近くで取材できるジャーナリストになった。
その後本書はアンドリュー・テイトに洗脳や性的人身取引のテクニックを教えたと思われる側近の話とかも出てきて、日本も無関係ではないのだけれど、おそろしいのはアンドリュー・テイトが代表する極端なミソジニーがかれだけのものではないこと。かれの熱狂的なファンである若い男性たちの1%でも女性に対して同じような態度や行動を取ったとするとそれだけでも世界で何万人もの女性たちが被害にあっていることになるし、仮にテイト兄弟が刑務所に入れられてもかれらに続くインフルエンサーはいくらでも登場してくる。少し前までは21世紀になって若者たちはジェンダーやセクシュアリティについてよりリベラルな考え方になっている、と言われていたが、トランプに対する支持を見ても分かるように、アンドリュー・テイト的あるいはトランプ的な男女観・ジェンダー観に共感する若い男性は少なくない。2010年代以降のソーシャルメディアがエンゲージメントを最大化するために生み出したアルゴリズムが、女性や性的マイノリティにとってかつてないおそろしい状況を生み出してしまっている。