James Kirchick著「Secret City: The Hidden History of Gay Washington」
20世紀アメリカで、議会をはじめ政府機関で働くために全国から首都ワシントンDCに集まったゲイたちの歴史についての本。ワシントンDCは歴史的に黒人が住民の多数を占める街だけれど、同性愛者であることが政治的なスキャンダルに繋がるような政府の要職が白人男性で占められていたこともありほぼ白人男性ゲイとその周辺の話。800ページ超えの大著だけど、面白いエピソードが続々出てくるので一気に読んだ。
それまで地元でひっそり暮らしていたゲイ男性たちが第二次世界大戦の大動員ではじめてお互い出会ったことをきっかけに、戦後のアメリカでは同性愛者の存在が社会的に認識された。ソ連との冷戦がはじまるなか、同性愛者であることを隠して政府機関で働いている人たちはソ連のスパイによってアウティングの脅迫を受ける危険があり国家安全保障上のリスクになるとして政府機関から追放されることに。マッカーシズム(いわゆる「赤狩り」)は共産主義者とともに同性愛者の排除を進めたが、大手を振って抗議するなり、自分は共産主義者ではないと弁明することができた人たちと違い、同性愛者たちは公に名乗りをあげることもできず、また疑いを持たれるだけでキャリアを失った。この時期、民間からの密告はの9割は同性愛者の疑いがある人についてのもので、共産主義者の疑いよりはるかに多かった。
そういう状況でも同性愛者はどこにでもいて、同性愛者だと暴露されない限りは家族を持たないため仕事に没頭でき、ほかのゲイ男性たちと秘密のネットワークで繋がることもできるゲイ男性たちはキャリアの上では有利な面も。政府機関で働く人たちの多くは地元から離れてDCに働きに来ている人たちで、親の目線や地元のしがらみからも自由だったかれらは、同性愛者だけでなく多数の有力者が交流するパーティを開くなどして、影響力を持った。友人や側近など親しい関係にある人たちが同性愛者だと暴露された際に大統領を含むさまざまな政治家たちがどう対応したかなどのエピソードも、普段の政治的スタンスと違いその人がどういう人物なのかが分かって興味深い。大統領本人より同性愛者に好意的な傾向の強いファーストレイディたち––レズビアンの友人ととても親しくしていて自身もレズビアンだと疑われた(わたしも多分そうだとおもう)エリナー・ルーズヴェルトはもちろん、同性愛者の側近を切ろうとした夫に対して「友人を守れ」と訴えたレイディバード・ジョンソンや、ファッションからヘアメイク・化粧などを担当するゲイ男性たちに囲まれていたナンシー・レーガンなど––の話も面白い。一般的に異性愛者女性は異性愛者男性に比べて同性愛に対する偏見が少ないのだけれど、偏見が少ないからこそどれだけタブーなのかを理解せずに秘密を漏らす可能性があるからとゲイ男性たちは警戒していたらしいけど。
同性愛者の権利を政府に訴えて活動していたアクティビストたちの話もあり、1950年発足のマタシン・ソサエティから1970年代に入ってのレズビアンフェミニズムによるゲイ男性運動への批判、そしてAIDS危機のなかカミングアウトの重要性が注目され「同性愛者であることを隠して同性愛者を傷つける言動をしている」政治家たちに対するアウティングの戦略を取った1990年代のクィア・ネーションまで、政治との関係がどのように変化したのか紹介されている。マタシン・ソサエティははじめゲイ男性よりレズビアンのほうが多く集まっていたのだけれど、会合のたびに女性たちはコーヒーの準備や皿洗いなどをさせられた結果、フェミニズムとゲイ運動は分裂。その後AIDS危機の際にゲイ男性とレズビアンは再び協力関係になった、と書かれているんだけど、それって結局病気になって死んでいくゲイ男性たちをケアするためにレズビアンが再登場したって話で、危機に対してコミュニティが結束したみたいに言われるの、なんか納得いかない。
これだけ(白人男性)ゲイたちが20世紀のアメリカ史に深く関わってきたか読むと、著者の「ゲイの歴史はアメリカの歴史でもある」という言葉はよく分かるし、存在すらタブーだったある社会集団の権利が1世紀のうちにこれだけ向上したというのにも期待が抱ける。でもまあ政府の要職に就くような白人ゲイ男性の話でしかない、というのも事実なわけで、たとえばワシントンDCの住民の多数を占める地元の黒人たちの存在は、たまに白人ゲイ男性相手のスキャンダラスな売春で登場する以外、ほとんど出てこない。地元の黒人ゲイ男性たちは、地元住民であるがゆえに地元の視線もあるし、他所から来た白人たちほど自由には振る舞えない。ていうかそもそも経済的な格差がものすごい(だから白人ゲイ男性相手の売春をする)。この本で書かれている歴史はワシントンDCのゲイの歴史の一部ではあるけれど、女性や黒人たちなどが首都という特殊な環境でどう生きてきたのかは、ほかの本を待ちたい。