J. Doyne Farmer著「Making Sense of Chaos: A Better Economics for a Better World」
物理学者にして複雑系科学を経済学に適用した複雑系経済学の研究で知られる著者が、自身のキャリアを振り返りつつ複雑系経済学が気候変動や金融危機、パンデミックなどの問題にどう有効な回答を提示できるか述べる本。
複雑系経済学からの新古典派経済学へのさまざまな批判(合理的主体の仮定が現実にはありえない、など)は分かるし、気候変動や金融危機に対処するためには複雑な社会における人間の行動の相互作用を単純なモデルに落とし込むことなく複雑なまま扱うべきだ、というのももっともな話。かつてはデータも計算力も追いつかなかったからモデル化するしかなかったけれど、いまのコンピュータなら行けるよ!ほら気候変動や金融危機の予防にこう役立つよ!というのも分かるような気がするんだけど、実際のところどう計算するのかちょっとわたしの理解が追いついていかない。
そんな専門外の読者であるわたしにとって本書がおもしろいのは、自然科学の中で自分たちが一番偉いと思い込んでいる物理学者が、社会科学の中で自分たちが一番偉いと思い込んでいる経済学者たちに喧嘩を売り、「そんなに複雑系科学が偉いというなら、お前の分析を株式市場に当てはめて大儲けしてみろよ」と言われて実際に起業するみたいな、学問的バトルロイヤル的な部分。まああのいつもエラそーにしている経済学がもっとエラそーな物理学にタコ殴りされるのは痛快。
あと、著者が若い頃、カジノのルーレットで儲けようと思って仲間とともに実際にカジノで使われるルーレットを入手して研究し玉を投げ入れる角度や回転などからどこに玉が落ちるか予測するコードを書き、足のタップで入力、バイブレーションで出力するコンピュータを靴の中に忍ばせて(世界最初のウェアラブル・コンピュータだと言っている)実際に利益を挙げたけれども、カジノに発見されて捕まるのを恐れて大きな勝負には出なかった、という著者のよく知られた話とか、俺は天才だエピソードも突き抜けていておもしろい。
ただ複雑系経済学について理解が広まるかというと、ああそんなものがあるんだね学者さん偉い偉い、で終わってしまう気もする。まあ著者だってこの一冊で複雑系経済学を理解させようとは思っていないだろうけど。