Hatim A. Rahman著「Inside the Invisible Cage: How Algorithms Control Workers」
プログラマーなど技術労働者向けのフリーランス・プラットフォームに潜入した経営学者が、「見えない檻」と名付けるほどの不透明かつ強迫的な労働状況を分析し改善案を提言する本。
著者が取材したプラットフォームは、本書ではあえて名前を出していないけど(名前を出したらインタビューに答えてくれた労働者に迷惑がかかるから)、経歴的にまああそこだよねと分かる某超大手。もともとはフリーランス労働者を依頼主に紹介するサービスを行っていたが、あるときそれを自動化し双方をマッチングさせるプラットフォームに転換。オンラインオークションサイトと同様に、雇い手と働き手が双方を星1つから5つで評価する方法を採用することで、条件のあった相手を検索できるようにした。
星の数による相互評価はスコアの計算が明快で透明性が高いが、すぐに問題が起きる。よほどのことがない限り双方が相手に最高の星5つを付けることが当たり前になり、検索してもどの相手が本当に評判が良いのか分からなくなったほか、既に星5つの評価を得た人が大勢いるなか新たな参入者には、仮にプラットフォームの外で経験や評判を得ていたとしても、最初の仕事を得る機会が与えられない。新たな参入者が仕事を取るためには相場よりかなり安い値段をアピールする必要があるが、過去の仕事のデータが残るため次からも同じ額での仕事が期待され、妥当な水準に戻すことが難しい。低い評価を得た人や業者はアカウントを消してやり直したり、裏で返金して評価を消してもらうなども。
こうした問題に対処するため、プラットフォームは星の数にかわる新たなスコアを導入する。それまで5点満点だったスコアが突然100点満点で60点になったかと思うと、理由もなくまた上がるなどしたが、そのスコアによって仕事が得られるかどうか左右される労働者にとっては不安が高まるばかり。大きな仕事を長く続けるのがいいのか、小さな仕事をたくさんするのがいいのか、顧客との連絡はどれだけ行う必要があるのか、プラットフォームに毎日ログインしなくてはいけないのか、などどうやったらスコアが上がるのか労働者たちは探ろうとしたが、プラットフォームの側も頻繁に一部のユーザだけを対象とした実験やスコア算出基準の変更を行うため、どうすればいいのか分からない。なにがどう自分の収入に影響するか分からない状況が、労働者を精神的に、時間的に追い詰める。
アルゴリズムによる労働評価は、そのアルゴリズムが公開されてしまえば実際の仕事の成果を上げるのではなくアルゴリズムによる高評価を取るだけのハックを推進してしまうが、逆にその内容が不透明だと何をどうすれば高い評価を受けられるのか分からなくなり、労働者が常に緊張を強いられることになる。これはこうしたプラットフォームだけでなく、トラック運転手やライドシェアの運転手をはじめ、ますます監視テクノロジーやアルゴリズム評価の採用が進むあらゆる職場でますます深刻になる問題。
また、プラットフォームを脱退してもデータは残るので、労働者の名前を検索すれば普通に過去の履歴が表示されてしまうのも問題。しばらくプラットフォームを使わないとスコアがどんどん低下していくので、別の場所で仕事を続けるにしても低いスコアが表示されたサイトの存在は障害になる。結局、適度にこのプラットフォームを使い続けないといけないことに。
著者はプラットフォーム労働に反対する立場ではないが、労働者が何を期待されているのか、どうすれば収入が上がるのか、明快に説明を受けるべきだと主張している。たしかにそれは必要だと思うけれども、明快に説明されたところで世界中からの競争に晒されスコアで比べられ本人が望む以上の時間と精神的なコミットメントを求められることは変わらない。結局、人々の生活が保障されるという前提があって、はじめてプラットフォーム労働の効率化・透明化が生きてくるという話じゃないかと。